投稿

4月, 2024の投稿を表示しています

悪の大魔王の憂鬱(前編)

 とある世界のおはなし。 大きな城で私はひとり悩んでいた。なぜ『悪の大魔王』と呼ばれるのか。 とりあえず『大魔王』は理解できるとして『悪』が納得いかない。 物心つくと私はひとり山にいた。獣のように獲物を狩って生きていたが、たまたま知り合った猟師から人の言葉を教わった。 そして肉は焼いて食ったほうが美味いことを知った。じつはパンや野菜のほうが好きなことも知った。ついでに酒も大好物だと知った。 村にはもっと美味いものがあるというので山を下りることにした。 しかしふもとの人々は、体が大きく力も強い野獣のような私を『魔人』と恐れた。 どう思われても気にしないが、仲良くならなければ美味いものを分けてもらえない。 そこで畑仕事を手伝った。あまり寝なくてもよく、力も強いので、昼夜を問わず百人力で働いた。 おかげで村の仕事もはかどり、人々も喜び仲良くなって美味い料理を食べさせてもらえるよになった。 そこで、収穫が多ければ多くの美味い物が食べられることを知った。人の生活や習慣も知った。同時に私が人と違うらしいことにも気がついた。 これに悩んだ時期もあったが、村の子たちは気にせず遊んでくれた。 人も動物もとにかく子供は可愛い。遊ぶことをはじめて知った私にとって至極の刻だった。 おかげで人と違うことを気にしなくなった。ふりかえると最も穏やかな日々だったかもしれない。 しかし疫病が終わらせた。 国中で疫病が流行り、多くの人々が病に倒れた。私にできることは少なく、とにかく薬草を取って来たり、水をくんだりした。それでも、とくに子供たちが病に苦しむ様子には心を痛めた。 そんななか、国の神官どもが『疫病は魔人のせいだ』と吹聴しはじめた。それを信じた国王が私を討伐するために何十人もの兵を送り込んできた。 村人たちは私と疫病は関係ないと訴えてくれたが、兵たちは聞く耳を持たなかった。 病で苦しむ人々を巻き込まぬよう、私は村の外に出た。そこに兵たちは弓や槍で襲いかかってきた。しかし岩より硬い皮膚で覆われた私を傷つけることはできない。 私が近くに生えている木を軽々と引き抜き、牙をむき出しにして振り回すと、兵たちは恐れて逃げていった。 それからしばらくして、私に関係なく疫病は治まった。しかし村も国もだいぶ人が減った。 どの村も人手が足りず、その年の収穫量は激減した。しかし王は、国の収入を確保するためと年貢を取

いたずら小悪魔

 とある世界のおはなし。 森に小悪魔が住んでいました。通りかかる人を化かし、いたずらしては喜んでいるので、周辺の村の民は困っていました。 ある時ひとりの騎士が通りかかり、小悪魔のはなしを聞いて笑いました。 「小悪魔に化かされるなど愚か者の証拠だ。オレは絶対に騙されないので退治してやろう」 騎士は森に入ると、木の上にのぼり小悪魔があらわれるのを待ちました。 ほどなくして黒い小悪魔があらわれ、周囲をうかがうと魔術を使い若い娘に化けました。 息を殺して様子をうかがっていた騎士は、なるほどこうやって人を化かすのかと納得しました。 小悪魔はそのまま森をでて村はずれへと向かい、一軒の小さな家の戸を叩きました。 中から老婆があらわれ、嫁いだ娘が訪ねて来てくれたと喜び、小悪魔を中に入れました。 後をつけていた騎士は『こうも易々とだまされるとは、村の民はどれほど愚かなのか』と呆れ、そっと家の中の様子をうかがいました。 老婆は『疲れただろう』『嫁ぎ先では上手くやっているか』と、自分の娘と信じて気にかけています。 しかし娘はあいまいな返事を繰り返し、老婆の優しさを利用するように生活の苦しさをうったえ、金の無心をはじめました。 老婆は『可哀そうに』と箪笥の奥から貯め込んでいた小銭をかきだし、『これだけしかないが足りるかい』と差し出しました。 これを見ていた騎士は家に飛び込みました。 「騙されてはいけない! こいつは娘に化けた小悪魔だ! 金を渡してはいけない」 しかし老婆は本当の娘と信じて疑いません。逆にいきなり家に入ってきた騎士を、盗賊か泥棒だと思い騒ぎ立てます。 そこで騎士は、娘が小悪魔である証拠を見せようと、剣を抜くと娘を斬り捨てました。 娘はまっ赤な血を吹き出し、断末魔の声をあげて息絶えてしまいました。 血の沼で息絶えた娘を抱きしめながら泣き叫ぶ老婆を見て、騎士は青くなりました。 小悪魔に騙され、本当の娘を斬ってしまったと。 老婆に申し訳ないと何度も詫びますが、娘を生き返らせろと老婆はおさまりません。 しかし死んだ娘を生き返らせることなどできません。 ついに騎士は、償いとして自分が治める領地を老婆に譲ると言い出しました。 すると、家も老婆も死んだ娘も消え、あの小悪魔がケラケラと笑い、森の奥へと消えていきました。 騙されたことに気づき我にかえった騎士は、おおいにプライドを傷つけられまし

宝玉の手箱

 とある世界のおはなし。 若き竜王は世界の海を統一し海神となった。 まだやるべき事は多いが、わずかな休息を得るため陸に上がった。 そこで一人の娘と出会った。 その娘は貧しい漁村で暮らしていたが、互いにひとめで恋に落ちた。 竜王にとって、これまでの苦労を捨て人として生きたいと思うほどの恋だったが、王としての役割がそれを許さない。 竜王は娘と海の民を説得し、娘を王妃として迎えることを条件に、娘とともに海へ戻った。 統一した海を安定して統治するために竜王は激務の日々を送った。しかし王妃との仲は睦まじく、それが竜王の心を救った。 そして、時を置かずして王妃は身ごもり姫を生んだ。 竜王は王妃と姫を溺愛したが、この頃から王妃の異変に気付いた。 老いている。 海神である竜王と、人である王妃の時間の流れは違う。竜王は今だ青年のように若いが、王妃は数倍の速さで年齢を重ねているように見える。 姫は竜王の血が濃いのか、王妃の老いほど成長してくれない。このままでは姫が大人になるまえに、王妃は老婆となり死んでしまうのではないか。 不安に駆られた竜王は海の魔導士を呼び、王妃の老いを止める手立てを講じるよう命令した。 しばらくして海の魔導士たちは、宝玉で彩られた手箱(身近な物を納め持ち運ぶ箱)を竜王に献上した。 「この箱は、身近に持つ者の刻を納める箱です。これを王妃が持てば老いを止めることができるでしょう。しかし箱をあければ、それまで納めていた刻が解き放たれ、瞬く間に老いが襲いかかるでしょう」 竜王はこれを王妃に持たせようとしたが、かたくなに拒んだ。 「竜王様と人である私の刻の流れが違うのは当然です。私は天の理(ことわり)を変えたいとは思いません。私が先に天寿を全うしたとしても、あの世で竜王様をお待ちいたします」 その思いに竜王は苦悩し、何度も説得し、せめて姫が育つまではと手箱を持たせた。 それから数百年の時が流れ、姫を美しく賢く育った。 それを見届けたように、王妃は手箱を竜王に返し、老いて天へと召された。 竜王は宝玉の手箱を宝物庫に封じ、悲しみを振りほどくように海神としての務めを果たした。しかし時おり手箱を持ち出し眺めては、物思いにふけった。 姫はそれが不思議で時おり手箱のことを訪ねたが、『お前の母、王妃との刻を封じたものだ』と竜王は寂しそうに微笑むだけだった。 姫はそれを不思議に思ったが、父

小さな悪魔

 とある世界のおはなし。 ある家の屋根裏に悪魔が住んでいた。 悪魔といっても小さいのでたいした魔力もない。1日に1度、イヌやネコなどの小さなものに化けて人を驚かすくらいだ。 そんな小さな悪魔が苦手なのが『1年で最後の日』だ。 その地域では『1年で最後の日』に地獄の悪魔が地上にでてきて悪さをすると信じられていた。 だから悪魔が嫌いだといわれるニンニクを家に飾る。さらに子どもたちがさらわれないよう、男の子には牛の皮、女の子には羊の皮をかぶせ、動物のふりをさせるのが習慣だ。 そして年があけると、家族で牛や羊の肉を食べてお祝いする。そうすれば1年、健康に過ごせると云われていた。 小さな悪魔からすれば、悪魔はいつでも地上に出られるし、わざわざ子どもをさらなわい。 でもニンニクの匂いは苦手なので、その匂いがしない住処を探して屋根裏を出た。 雪の夜、どの家からも暖かい夕食の香りが溢れ、子供たちは牛や羊の真似をして遊んでいる。 その様子を小さな悪魔はうらやましく思ったが、どの家も大量のニンニクを使い夕食をつくっているのでたまらない。 「それほど嫌われることはしてないのに」 そう思いながら進むと、町はずれに匂いのしない家があった。 そっと窓からのぞきこむと、お母さんらしい人がベットで寝ていて、その横で小さな女の子が見守っている。 なるほど、お母さんが病気だからニンニク料理の嫌なにおいがしないのかと納得し、しばらく様子をうかがった。 するとお母さんが弱々しく『ごめんね、お腹すいたでしょ』とつぶやいた。 女の子は一瞬とまどったが『だいじょうぶ、あたしお腹すいてないから』と答えるが、お母さんは『ごめんね』とまた呟いた。 これに小さな悪魔は、あの子は本当はなにも食べていないなと思った。本当はひもじいはずだから、なにか食べものをあげれば家に泊めてくれるかもしれないと。 そこで小さな悪魔は、その家から小さな鍋を拝借し、別の大きな家へと向かった。 その家もニンニク臭くて気がとおくなりそうだが、台所に忍び込むと沢山の御馳走が用意されている。 少しくらいは大丈夫とクラクラしながら料理を鍋に入れると、急いで女の子の家に戻った。 コンコン。ドアをノックする音に女の子はドキッとした。『1年で最後の日』だから悪魔が自分をさらいに来たのかもしれないと。 またコンコンとドアがノックされる。女の子は泣きそうになった

聖なる穴掘り穴埋め

 とある世界のおはなし。 国中で疫病が流行り多くの人々が苦しんでいた。 しかし医学が未熟な時代、どうすることもできず、ただ恐怖に耐えて神に祈るしかなかった。 そんな中、高名な神官が神の啓示を受けた。 「天におわす神の聖なる息吹きを大地に吹き込めば疫病は治まる」 神官はそのための広く深い穴を掘ることを呼びかけた。 とにかく疫病が治まるならと人々はこれを信じ、神官たちは穴を掘るため寄付を募った。 当然これを疑問視する者もいた。 しかしその急先鋒であった有力貴族が、あっさり疫病で命を落としてしまった。 一方、これを信じ屋敷を売って寄付した貴族は、感染したがすぐ治ったとの噂がたった。 この話が国中に広がると、王や貴族、商人、農民にいたるまで我先にと寄付をはじめ、貧しい者たちは穴を掘る作業のため集まった。 十分な寄付金と無償の信者たちにより広く深い穴が掘られ、中心には天の神に呼びかける儀式のための神殿が建てられた。 高名な神官は『神が天から見やすいように』と金銀で装飾された煌びやかな法衣をまとい、三日三晩神事をとりおこなった。 人々もその様子を穴の外から見守っていたが、四日目、ついに強い風が吹いた。 すかさず神官は『これぞ神の聖なる息吹きぞ』と叫び、人々も歓声をあげた。 実はちょうど季節の変わりめで毎年強い風が吹くのだが、なにせ高名な神官が言うことなので誰も疑わなかった。 神官は続けて叫んだ。『神の聖なる息吹きを逃がさぬよう、はやく穴を埋めるのだ』と。 見守っていた人々は慌てて穴を埋めはじめた。 聖なる息吹きが逃げないよう、とにかくはやく穴を埋めなければならないが、なにせ広く大きいので簡単にはいかない。 残った寄付金で人を雇って作業を進め、神殿ごと穴は埋められた。 その頃には、人々が集団免疫を獲得し疫病が治まりはじめていたが、医学が未熟な時代なので、神の聖なる息吹きのおかげだと誰もが信じた。 こうして疫病は終息したが、はなしはこれで終わらなかった。 高名な神官は、今後同じことがおこらないよう国中の大地に神の聖なる息吹きを吹き込もうと言い出したのだ。 当然その費用は寄付によって賄われるが、先に寄付した王侯貴族は渋った。 そこで神官は寄付の額に応じて『神の聖なる息吹きを封じた壺』を返礼するとした。 神事の際に壺を並べ、息吹きが吹いたら蓋に封して渡すというのだ。 これに金貨1000

小さな芽

 とある世界のおはなし。 春が来て野原に小さな芽が顔をだした。 あまりに小さく可愛らしいので、ネズミやキツネたちは気にかけた。 「ちゃんと育つかな」「どんな花が咲くのかな」 それを聞いて小さな芽は『がんばってみんなが喜ぶ花を咲かせよう』と思った。 夏がきて、秋がきて、小さな芽はすくすく育った。 それでも小さかったので、ネズミやキツネたちは気にかけた。 「もうすぐ冬だけど大丈夫かな」「春まで守ってあげないと」 それを聞いて小さな芽は『冬を越してみんなが喜ぶ花を咲かせよう』と思った。 しばらくして冬がきた。吹きすさぶ冷たい風に小さな芽は震えあがった。 するとネズミやキツネたちが代わる代わる温めてくれた。 「がんばって冬を越えるんだよ」「きっと花を咲かせるんだよ」 それを聞いて小さな芽は『絶対に負けないぞ』と思った。 そして春がきた。 小さな芽は相変わらず小さかったが、可愛らしい小さな白い花を一輪だけ咲かせた。 これを見て、ネズミやキツネたちはほほ笑んだ。 「なんて素敵な花なんだ」「ほんとうにがんばったね」 それを聞いて小さな芽は『みんなが喜んでる』と誇らしかった。 そして夏がきた。 まわりの草木は花を落し、太陽を浴びてすくすく育っていた。 だけど小さな芽は、まだ花を咲かせていたので、ネズミやキツネは驚いた。 「がんばり屋さんだね」「ぼくたちも嬉しいよ」 それを聞いて小さな芽は『ぼくは特別なんだ』とずっと花を咲かせたいと思った。 そして秋がきた。 さすがに小さな芽が咲かせた花も茶色くしおれていた。 まわりの草木は冬を乗り切るため大きくなっていたが、小さな芽は小さいままだったので、ネズミやキツネは心配した。 「花があると栄養を取られてしまう」「はやく花を散らして冬に備えないと」 それを聞いても小さな芽は『みんなが喜んでくれた特別な花なんだ」と花を手放さなかった。 そしてまた冬がきた。 とても厳しい冬だった。 茶色くしぼんだ花を咲かせたまま、小さな芽は枯れていた。

ふたりの剣豪

 とある世界のおはなし。 天下無双とうたわれた剣豪が『至宝』と呼ぶ2人の弟子がいた。 一方は流れる技をくりだす柔の剣、一方は恵まれた体躯からくりだす剛の剣を得意とした。 試合をさせれば甲乙つけがたく、また同じ年頃で仲もよく、互いに切磋琢磨し腕を磨いた。 そしてふたりは元服の頃をむかえた。 柔の剣を持つ者は己の腕を試したいと、脱藩し武者修行の旅にでた。 両親は『おまえが旅立つと老いた私たちはどうすればいいのか』と泣いたが、それを振り振りきり旅にでた。 周囲の人々は『なんと親不孝か』と噂し、親は『育て方を誤った』と肩身の狭い思いをした。 剛の剣を持つ者は、父の跡を継ぎ城勤めを選んだ。 両親はとても喜び、嫁も迎え、ほどなく跡継ぎも生まれた。 周囲の人々は『なんと孝行者か』と噂し、親は『育て方が良かった』と誇らしかった。 それから10年の刻がながれた。 柔の剣を持つ者の名は天下にとどろいた。その剣は天下無双、古今東西ならび立つ者はいないと。将軍の御前にも呼ばれ、その腕を披露するほどだ。 そのような傑物が我が藩からでたと藩主も誇りに思い、両親には功労金が渡された。 周囲の人々は『なんと孝行者か』と噂し、親は『育て方が良かった』と誇らしかった。 剛の剣を持つ者は、文官として勤めていた。剣を持てば天才でも、そろばんと筆を持てば思うようにいかず、うだつが上がらなかった。 周囲の人々からも『うつけ』と呼ばれる始末で、親は『育て方を誤った』と肩身の狭い思いをした。 そのころ江戸には黒船がやってきた。 日本中を激震がはしった。 柔の剣を持つ者は、その剣を頼りに幕府側についた。その名はすでに轟いており、誇りをかけて先頭に立ち戦った。 剛の剣を持つ者は、藩の命に従い尊王攘夷側についた。凄腕らしいと周囲におされ、やむなく先頭に立ち戦った。 そしてとある戦場で、ふたりは対峙した。 互いにすぐ分かった。 十数年ぶりに交える剣は、あの時と違い本当の命のやりとりだ。 磨き続け輝く柔の剣の前に、なまくらとなった剛の剣は防戦一方となった。およそ勝負は見えている。 ついに隙が生れた剛の剣に、柔の剣が渾身の一太刀を与えようとした時、流れ弾がその身を襲った。 柔の剣が『お前に介錯をたのむ』と呟くと、剛の剣も最後を悟り重くうなずいた。 大きく剣をかまえると、柔の剣が訪ねてきた。 「俺は選んだ道を生きた。悔いはない

運気の星

  とある世界のおはなし。  商いを営む夫婦がいた。休まず働くがうまくいかず、借金だけが増えていった。  このままでは夫婦で身を投げねばならぬと本気で考えはじめたある夜、女房の枕元に他界した父があらわれた。白髪の老人を探し相談しろと。  目覚めると藁にもすがる思いで長屋を出た。  いつも歩きなれた道を導かれるように右に左に歩くと『こんなところに家があったか?』と思える小さな家に着いた。   声をかけると中から白髪の老人が顔をだし『ここを見つける者がいるとは』と家の中に入れてくれた。  中は外目より広く暗かったが、天井には満天の夜空のように星が瞬いている。老人はこの星は人の運気だと教えてくれた。運気の強い者の星は強く瞬き、運気の弱い者の星は弱く瞬くらしい。  女房が夫婦の星を訪ねると、天井の隅に並ぶ消えそうな星を指さした。  これでは上手くいくはずがないと、どうにか強い星にならないか相談したが、運気は天が定めるものだと首をふった。  しかしこのままでは生きていけない。再度頼むと、運気を強くはできないが生まれる前の強い運気は借りられると答えた。  ぜひそれをお願いしますと土下座すると『これも何かの縁だ』と、中心でひときわ強く輝く星を夫婦星の近くに移動させた。  そしてこう告げた。『この星は10年ほどで生まれるが、その時は運気を返すように』と。  女房は家に帰ると亭主にこれまでのことを伝えた。すると『10年でも運気が上がればよいな』と笑った。  しかし翌日から、見違えるように商売が繁盛した。  おかげで借金もなくなり、どんどん店が大きくなり、立派な屋敷をかまえ人を雇うほどになった。  そして10年がたった。  女房の枕元にまた父があらわれた。もうすぐ星の持ち主が生れるので運気を返す用意をするようにと。  これを亭主に告げると『そんな夢を信じて店を手放せと?』『そもそも誰に返すのか?』『店が繁盛したのは努力の結果だ』と納得しなかった。  そんな折、女中のひとりが妊娠していることが分かった。相手は誰かもわからない。  もともと要領が悪い女中で、身重だとさらに働けない。亭主はよい機会だと彼女をクビにした。  女中は頼る者もなく追い出されたら生きていけないと懇願し、女房も可哀そうだと反対したが、亭主はいっさい聞き入れなかった。  しかたなく女房は、こっそり貯めていたお金をつかい、