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慈悲の王

 とある世界のおはなし。 宰相が王のもとを訪れた。 「親愛なる我が君よ、民は賢明なる王の恩恵を受け、喜びに満ちた日々を過ごしております」 王は宰相を睨んだ。 「世辞はいい、問題はなにか」 宰相がこのような言い方をするときは決まって深刻な問題を見つけた時だ。 そのおかげで、これまで何度も問題の芽を摘むことができたのも事実だ。面白くはないが。 王の不機嫌など気にする様子もなく宰相は一枚の書類を差し出した。 「賢明なる王よ、過去20年、年ごとに生まれた子の数をまとめた表です」 ちょうど王位についた頃からだ。王はこれを見て首をかしげた。 「ここ5年、生まれてくる子が減り続けているのか?」 「我が君が王となり、国は他国がうらやむほど豊かで安全な国となりました。その影響で一時は子も多く生まれましたが、今は減少に転じています」 王は眉間にしわをよせた。 「民の数は増え続けていると聞いていたが?」 「我が君の慈悲により各地に病院を増やしたのが15年前。それ以後、不意の死に至る者が減り、民の寿命は大幅に伸びました。これが民が増え続けている要因と思われますが、一方で生まれてくる子の数は減っています」 王は黙って爪を噛み始めた。考え事をする時の癖だが、宰相は身じろぎもせず待った。 「して、原因は何か?」 宰相は首を振った。 「いくつか仮説を立て調べていますが、まだ特定できていません。しかし生まれてくる子が減っているのは数字が証明しています」 また王は黙って爪を噛み始めたが、それほど間を置かずに口を開いた。 「民が長生きするのは良いことだが、いつか寿命は迎える。20年後か、30年後かは分からんが、どこかで民の数が減り始めるということか」 「賢明なる王よ、おっしゃる通りです」 こう宰相が答えるときは、考えのベクトルは間違っていない。 また王は爪を噛んだ。結果はすぐに出たが、自分ばかり答えず宰相の考えが知りたかった。 「民が減ると国力が低下する。国力が低下すとどうなるか、具体的に述べよ」 宰相は静かにうなずいた。 「今のままだと全体数が減る前に、若い世代の絶対数が減ります。年寄の寿命は延び、若者は減るのですから、全体数は増えても若者の比率は減ります。それはまず、経済に影響をおよぼすでしょう」 「経済に影響が…」 「はい、経済に影響が及ぶと民は貧しくなります。結果、税収が減り国も貧しくな...

お金の好きな王、子供の好きな王

  とある世界のおはなし。 お金の好きな王様がいました。城の中に貯められたお金を眺めて、いつも嬉しそうに笑っていました。 そしてもっと貯めたくて、なにかと理由をつけて民からお金を取り立てます。 道をつくるからと税を取り、耕作地を広げるからと税を取り、城をなおすからと税を取りました。   でも道をつくり終わっても、別の道をつくるからと税を取り続けます。 耕作地を広げ終わっても、別の耕作地を広げるからと税を取り続けます。 城をなおし終わっても、別の場所をなおすからと税を取り続けます。 それどころか、また別の理由で新しい税を取り立てます。おかげで民は、どんなに働いてもほとんど税で取られてしまいます。   これでは勤勉で働き者の民たちも疲れてしまい、どんどん国を捨てて逃げてしまいました。 おかげで民は減っていき、王に納められる税も少なくなっていきます。 「民が減ってはお金が貯まらないではないか! もっと民を増やさねば」 そこで外国から人を呼び込めば民が増えると考えました。外国から人が来やすいように、3年間は無税にしました。 その費用を賄うため、また新たな税を取り立てました。   おかげでさらに民は逃げ出し、どんどん人は減ります。 また外国から来た人たちも、無税の期間が終われば国に帰っていきました。 結局、この国は民が減り、税を納める人がいなくなり、王様は貧しくなってしまいました。   一方、逃げ出した民が移り住んだ先の王は、とにかく子供が好きな王でした。子供たちが幸せに暮らせるよう考えていました。 親も子育てで働けないだろうと、国庫を開き援助しました。おかげで親たちは安心して子育てできます。 だからどんどん子供が増えていきました。   10年後、20年後、その子供たちも大人になり、一生懸命働きます。ひとりひとりが納める税はわずかでも、たくさんの人が納めればたくさんのお金になります。 また若い人ほどよく働き、よく買い物もするので、国全体が活気のある豊かな国になっていきました。 王は増えた税収をまた子供たちのために使い、また人が増え、豊かになり、気が付けば周辺でいちばん大きな国となっていました。

クセの直し方

 とある世界のおはなし。 少年は軍に入り短槍隊に配属された。 この世界の戦争は、弓隊が矢を射かけ敵の動きを止め、その間に長槍隊が横一列に前進して距離を詰め、騎馬隊が突撃して敵の陣形を崩し、短槍隊が接近で仕留める流れになっている。 騎馬隊と短槍隊は敵との距離も近く危険でもあるが、そのぶん花形ともいえた。 そんな短槍隊の中でも、少年が配属された部隊の隊長は小柄で優し気、およそ軍人のイメージからは遠い雰囲気の持ちぬしだった。 訓練こそ他の部隊より厳しいが、いつも隊員を気にかけ、およそ怒ったり怒鳴ったりするところを見たことがない。 その為か先輩隊員たちも気さくな人が多く、少年もすぐ馴染みメキメキ腕をあげ、若手のホープとして期待されるようになった。 そんな少年にはひとつ悪いクセがあった。槍を横に持ってしまうのだ。 槍は使う時以外は縦に持ち、穂先を上に向ける。これは周囲の人に穂先が触れ傷つけないようにするため鉄則だ。 少年も当然理解しており、普段から意識もしている。しかし疲れたり、ふと意識が緩んだ瞬間、つい横に持ってしまう。 隊長から何度も縦に持つよう言われ、先輩たちからも注意される。罰として腕立てやランニングを課せられることもあったが、それでもなかなか直らないまま数ヵ月が過ぎた。 ある日、厳しい訓練を終えヘトヘトになった時、またつい横に槍を持ってしまった。 その途端、いつも優し気な隊長が鬼の形相で駆け寄り少年を殴り飛ばし『いい加減、槍を横に持つことを覚えろ!』と怒鳴った。 少年はもんどりうって地面に転がったが、慌てて立ちあがると槍を縦に持ち謝罪した。 隊長が立ち去ったあと、先輩たちが心配して駆け寄ってきた。口々に『あの隊長を怒らせたのはお前が初めてじゃないか』と冗談を言った。 少年も殴られた痛みより、優しい隊長を怒らせたことがショックだった。 それ以来、槍を手にするたびに隊長の顔がうかび、横に持つことはなくなった。 そして10年の月日が流れた。少年も青年となり、幾多の戦場を生き抜いてきた。 立派な短槍兵としていくつか手柄も立て、副隊長に出世し隊長を補佐していた。 ある日、若手の訓練報告を終えた後、ふと槍を横に持つクセが直らず殴られたことを思い出した。 おかげでクセがなおりましたと礼を言うと、隊長も思いだしてほほ笑んだ。 「あのクセだけは何度言っても直らなかったからな。...

悪の大魔王の憂鬱(後編)

 とある世界のお話し。 どうにも私には理解できない。大国の王というのは他国が豊かになることが許せないらしい。 2国を治めた私に、北と西の大国がなにかと文句をつけ、脅しをかけてくる。 私は国境の兵を増やし守りだけは堅めさせ、それ以外は無視した。 無視されたのが気に入らなかったのか、ついに北の大国が攻めてきた。 以前と同じように私が前に出て戦っていると、西の大国も攻めてきたとの連絡が入った。 さすがに両方は相手にできない。 私は大地を震わすような咆哮を上げると、腹の中の温度をあげ、天に向かって熱線を吐き出した。それは眩い光となり、雲をも切り裂いた。 これに北の大国の兵は恐怖し、一目散に逃げてしまった。 それを見届けると、私は背中の羽を広げ西へと飛んだ。 西の大国からの攻撃は激しく、我が国の兵は苦戦していた。 しかし私が空から舞い降りると、敵兵たちは恐れおののいた。そしてここでも、咆哮を上げ熱線を吐き出すと、瞬く間に逃げてしまった。 私はそのまま空を舞い、西の大国の王城に舞い降りた。 私をはじめて見た城の者たちは恐怖に凍りついたが、かまわず西王の元へと進んだ。 なかなか肝の据わった男で、あきらかに私を恐れていたが必死で虚勢をはっていた。 だがそれに関心している余裕はない。 有無をいわさず鉄こん棒で排すると、城のいちばん高い場所に上り、国中に響き渡るような大声で、この国を支配下に納めたと宣言した。 そしてすぐ北に飛ぶと、同じように王宮に降り、王を廃し、この国も支配下に納めたと宣言した。 こうして私は、わずかな間に西と北の大国を治め、4国を支配する大王となった。 4国を治めても向かうべき道は変わらない。人々を豊かにするだけだ。 当然、私に敵対する領主たちもいた。そのたびに空を舞って領主の元に行き、どうにも納得しないようであればこれを討ち、財産を没収して民に配った。 はじめのころはこれを繰り返した。 さすがに疲れていたが、私は休まず飛びつづけた。 おかげで徐々に両国とも平穏をとりもどしていった。人々は豊かになりはじめると私を受け入れ、反抗する領主も減っていく。 逆に悪い領主がいると、私に来てほしいと民のほうから要望するようになった。これを領主たちは恐れ、私の命令に素直に従うようになっていった。 こうして4国は互いに協力し、その得意なところを活かして、発展していくようにな...

悪の大魔王の憂鬱(中編)

 とある世界のおはなし。 城にとどまり王となった私は、人々にはこれまで通り仕事をするよう命じた。 すると役人たちが恐る恐る『魔王様ご相談が…』とやってきた。話を聞くと問題が山積みだ。 特に税収の問題。大きな城とそこで働く人々を維持するための収入を得るには、年貢を厳しく取り立てるしかないらしい。 だが疫病のあとで国民は苦しんでいる! 私は3年間、無税にするよう命令した。不足する収入は城に蓄えられた金銀財宝を売ることでまかなえと命じた。反対する役人もいたが、私は金銀財宝に興味がない。 さらに城の兵たちにも、故郷に帰って畑仕事をしてよいと伝えた。おかげで半分の兵がいなくなった。 これでは外敵から城を守れないと反対する隊長もいたが、そのときは私が戦う! そして残った半分の兵たちには、城よりも国の治安を守るよう命じた。 貧しさから盗賊となる者もいるという。それらを取り締まらねばならんが、なるべく傷つけず、会心する者は人手が足りない村で働かせた。 おかげで悪さをする奴は徐々に減っていった。 一方で税収の計算もなく城の役人がヒマそうなので、私は文字の読み書きや計算を教えろと言った。 はじめは恐々教えていた役人も、私がまじめに学んでいるうちに打ち解け、仲良くなった。 文字とはなんと偉大な発明か。書物からは色々なことを知ることができる。 過去に成功したこと、失敗したこと、また異国のこと、そこに見たこともない美味いものがあること。私は急速に知識を増やしていった。 一方で食事は豪華なものは控えさせた。美味いといっても毎日は飽きる。普段は村人と変わらぬ薄味が口にあう。しかし量はつくらせ、役人や兵たちと一緒に食べた。おかげで彼らの故ことも知ることができた。 それから数年、民の生活も戻りはじめたので徐々に税の徴収を再開した。その頃には計算もでき、投資というものも理解していた。そこで収入のほとんどを港や街道の整備に投資し、異国との交易を活発化させた。 異国とのやり取りが増えると民が潤う。すると低い税率でも税収は増え、自然と城の収入も増えていった。収入が増えたのだから役人や兵の給料も上げてやった。 私自身は、たまに異国の珍しいものが食べられれば満足だった。 だがこの頃から、豊かになりはじめた我が国を、周辺の国が狙うようになった。 我が国は豊かだが小さく、海に面した南以外は大きな国に囲まれて...

悪の大魔王の憂鬱(前編)

 とある世界のおはなし。 大きな城で私はひとり悩んでいた。なぜ『悪の大魔王』と呼ばれるのか。 とりあえず『大魔王』は理解できるとして『悪』が納得いかない。 物心つくと私はひとり山にいた。獣のように獲物を狩って生きていたが、たまたま知り合った猟師から人の言葉を教わった。 そして肉は焼いて食ったほうが美味いことを知った。じつはパンや野菜のほうが好きなことも知った。ついでに酒も大好物だと知った。 村にはもっと美味いものがあるというので山を下りることにした。 しかしふもとの人々は、体が大きく力も強い野獣のような私を『魔人』と恐れた。 どう思われても気にしないが、仲良くならなければ美味いものを分けてもらえない。 そこで畑仕事を手伝った。あまり寝なくてもよく、力も強いので、昼夜を問わず百人力で働いた。 おかげで村の仕事もはかどり、人々も喜び仲良くなって美味い料理を食べさせてもらえるよになった。 そこで、収穫が多ければ多くの美味い物が食べられることを知った。人の生活や習慣も知った。同時に私が人と違うらしいことにも気がついた。 これに悩んだ時期もあったが、村の子たちは気にせず遊んでくれた。 人も動物もとにかく子供は可愛い。遊ぶことをはじめて知った私にとって至極の刻だった。 おかげで人と違うことを気にしなくなった。ふりかえると最も穏やかな日々だったかもしれない。 しかし疫病が終わらせた。 国中で疫病が流行り、多くの人々が病に倒れた。私にできることは少なく、とにかく薬草を取って来たり、水をくんだりした。それでも、とくに子供たちが病に苦しむ様子には心を痛めた。 そんななか、国の神官どもが『疫病は魔人のせいだ』と吹聴しはじめた。それを信じた国王が私を討伐するために何十人もの兵を送り込んできた。 村人たちは私と疫病は関係ないと訴えてくれたが、兵たちは聞く耳を持たなかった。 病で苦しむ人々を巻き込まぬよう、私は村の外に出た。そこに兵たちは弓や槍で襲いかかってきた。しかし岩より硬い皮膚で覆われた私を傷つけることはできない。 私が近くに生えている木を軽々と引き抜き、牙をむき出しにして振り回すと、兵たちは恐れて逃げていった。 それからしばらくして、私に関係なく疫病は治まった。しかし村も国もだいぶ人が減った。 どの村も人手が足りず、その年の収穫量は激減した。しかし王は、国の収入を確保するためと...

いたずら小悪魔

 とある世界のおはなし。 森に小悪魔が住んでいました。通りかかる人を化かし、いたずらしては喜んでいるので、周辺の村の民は困っていました。 ある時ひとりの騎士が通りかかり、小悪魔のはなしを聞いて笑いました。 「小悪魔に化かされるなど愚か者の証拠だ。オレは絶対に騙されないので退治してやろう」 騎士は森に入ると、木の上にのぼり小悪魔があらわれるのを待ちました。 ほどなくして黒い小悪魔があらわれ、周囲をうかがうと魔術を使い若い娘に化けました。 息を殺して様子をうかがっていた騎士は、なるほどこうやって人を化かすのかと納得しました。 小悪魔はそのまま森をでて村はずれへと向かい、一軒の小さな家の戸を叩きました。 中から老婆があらわれ、嫁いだ娘が訪ねて来てくれたと喜び、小悪魔を中に入れました。 後をつけていた騎士は『こうも易々とだまされるとは、村の民はどれほど愚かなのか』と呆れ、そっと家の中の様子をうかがいました。 老婆は『疲れただろう』『嫁ぎ先では上手くやっているか』と、自分の娘と信じて気にかけています。 しかし娘はあいまいな返事を繰り返し、老婆の優しさを利用するように生活の苦しさをうったえ、金の無心をはじめました。 老婆は『可哀そうに』と箪笥の奥から貯め込んでいた小銭をかきだし、『これだけしかないが足りるかい』と差し出しました。 これを見ていた騎士は家に飛び込みました。 「騙されてはいけない! こいつは娘に化けた小悪魔だ! 金を渡してはいけない」 しかし老婆は本当の娘と信じて疑いません。逆にいきなり家に入ってきた騎士を、盗賊か泥棒だと思い騒ぎ立てます。 そこで騎士は、娘が小悪魔である証拠を見せようと、剣を抜くと娘を斬り捨てました。 娘はまっ赤な血を吹き出し、断末魔の声をあげて息絶えてしまいました。 血の沼で息絶えた娘を抱きしめながら泣き叫ぶ老婆を見て、騎士は青くなりました。 小悪魔に騙され、本当の娘を斬ってしまったと。 老婆に申し訳ないと何度も詫びますが、娘を生き返らせろと老婆はおさまりません。 しかし死んだ娘を生き返らせることなどできません。 ついに騎士は、償いとして自分が治める領地を老婆に譲ると言い出しました。 すると、家も老婆も死んだ娘も消え、あの小悪魔がケラケラと笑い、森の奥へと消えていきました。 騙されたことに気づき我にかえった騎士は、おおいにプライドを傷つけ...

小さな悪魔

 とある世界のおはなし。 ある家の屋根裏に悪魔が住んでいた。 悪魔といっても小さいのでたいした魔力もない。1日に1度、イヌやネコなどの小さなものに化けて人を驚かすくらいだ。 そんな小さな悪魔が苦手なのが『1年で最後の日』だ。 その地域では『1年で最後の日』に地獄の悪魔が地上にでてきて悪さをすると信じられていた。 だから悪魔が嫌いだといわれるニンニクを家に飾る。さらに子どもたちがさらわれないよう、男の子には牛の皮、女の子には羊の皮をかぶせ、動物のふりをさせるのが習慣だ。 そして年があけると、家族で牛や羊の肉を食べてお祝いする。そうすれば1年、健康に過ごせると云われていた。 小さな悪魔からすれば、悪魔はいつでも地上に出られるし、わざわざ子どもをさらなわい。 でもニンニクの匂いは苦手なので、その匂いがしない住処を探して屋根裏を出た。 雪の夜、どの家からも暖かい夕食の香りが溢れ、子供たちは牛や羊の真似をして遊んでいる。 その様子を小さな悪魔はうらやましく思ったが、どの家も大量のニンニクを使い夕食をつくっているのでたまらない。 「それほど嫌われることはしてないのに」 そう思いながら進むと、町はずれに匂いのしない家があった。 そっと窓からのぞきこむと、お母さんらしい人がベットで寝ていて、その横で小さな女の子が見守っている。 なるほど、お母さんが病気だからニンニク料理の嫌なにおいがしないのかと納得し、しばらく様子をうかがった。 するとお母さんが弱々しく『ごめんね、お腹すいたでしょ』とつぶやいた。 女の子は一瞬とまどったが『だいじょうぶ、あたしお腹すいてないから』と答えるが、お母さんは『ごめんね』とまた呟いた。 これに小さな悪魔は、あの子は本当はなにも食べていないなと思った。本当はひもじいはずだから、なにか食べものをあげれば家に泊めてくれるかもしれないと。 そこで小さな悪魔は、その家から小さな鍋を拝借し、別の大きな家へと向かった。 その家もニンニク臭くて気がとおくなりそうだが、台所に忍び込むと沢山の御馳走が用意されている。 少しくらいは大丈夫とクラクラしながら料理を鍋に入れると、急いで女の子の家に戻った。 コンコン。ドアをノックする音に女の子はドキッとした。『1年で最後の日』だから悪魔が自分をさらいに来たのかもしれないと。 またコンコンとドアがノックされる。女の子は泣きそう...

聖なる穴掘り穴埋め

 とある世界のおはなし。 国中で疫病が流行り多くの人々が苦しんでいた。 しかし医学が未熟な時代、どうすることもできず、ただ恐怖に耐えて神に祈るしかなかった。 そんな中、高名な神官が神の啓示を受けた。 「天におわす神の聖なる息吹きを大地に吹き込めば疫病は治まる」 神官はそのための広く深い穴を掘ることを呼びかけた。 とにかく疫病が治まるならと人々はこれを信じ、神官たちは穴を掘るため寄付を募った。 当然これを疑問視する者もいた。 しかしその急先鋒であった有力貴族が、あっさり疫病で命を落としてしまった。 一方、これを信じ屋敷を売って寄付した貴族は、感染したがすぐ治ったとの噂がたった。 この話が国中に広がると、王や貴族、商人、農民にいたるまで我先にと寄付をはじめ、貧しい者たちは穴を掘る作業のため集まった。 十分な寄付金と無償の信者たちにより広く深い穴が掘られ、中心には天の神に呼びかける儀式のための神殿が建てられた。 高名な神官は『神が天から見やすいように』と金銀で装飾された煌びやかな法衣をまとい、三日三晩神事をとりおこなった。 人々もその様子を穴の外から見守っていたが、四日目、ついに強い風が吹いた。 すかさず神官は『これぞ神の聖なる息吹きぞ』と叫び、人々も歓声をあげた。 実はちょうど季節の変わりめで毎年強い風が吹くのだが、なにせ高名な神官が言うことなので誰も疑わなかった。 神官は続けて叫んだ。『神の聖なる息吹きを逃がさぬよう、はやく穴を埋めるのだ』と。 見守っていた人々は慌てて穴を埋めはじめた。 聖なる息吹きが逃げないよう、とにかくはやく穴を埋めなければならないが、なにせ広く大きいので簡単にはいかない。 残った寄付金で人を雇って作業を進め、神殿ごと穴は埋められた。 その頃には、人々が集団免疫を獲得し疫病が治まりはじめていたが、医学が未熟な時代なので、神の聖なる息吹きのおかげだと誰もが信じた。 こうして疫病は終息したが、はなしはこれで終わらなかった。 高名な神官は、今後同じことがおこらないよう国中の大地に神の聖なる息吹きを吹き込もうと言い出したのだ。 当然その費用は寄付によって賄われるが、先に寄付した王侯貴族は渋った。 そこで神官は寄付の額に応じて『神の聖なる息吹きを封じた壺』を返礼するとした。 神事の際に壺を並べ、息吹きが吹いたら蓋に封して渡すというのだ。 これに金貨...

小さな石ころ

  とある世界のおはなし。  ある若い男が仕事場に行く途中、老人に呼び止められ、山の洞窟にある袋を取ってきてほしいと頼まれた。  とても大切なものらしいので、仕事を休んで取りに行くことにした。  老人が言っていたとおり、山の中に狭い洞窟があり、中にボロボロの麻袋があった。  なぜこれが大切なのか理解できなかったが、持ち帰ると老人はとても喜んだ。そして空っぽだと思っていた袋から、小さな石ころを取りだし、お礼だと手渡した。 「どこにでも落ちている小さな石ころに見えるが、ひとつだけ望みをかなえてくれる不思議な石ころじゃ。願いをかなえると消えてなくなるので、よくよく考えて使うのじゃぞ」  本当にそんなことがあるのだろうか? 男は半信半疑だったが、いつも首からぶら下げているお守り袋に石を入れ持ち歩くようになった。  それからしばらく、男は仕事を辞めたくなった。鍛冶場で働いているが、雑用ばかりで鍛冶師の仕事はさせてもらえない。それに嫌気がさしたのだ。  とはいえ、お金もないので辞めると食べていけない。そこであの小さな石ころをとりだし『お金を出してもらおうか』と考えた。  だがお金は使えばいつかはなくなる。『ひとつだけの望み』をそのために使うのももったいない気がし、お守り袋の中にもどした。  辞めることはいつでもできると、とりあえず一生懸命働いていると、徐々に鍛冶師として仕事をまかされるようになり、いつしか立派な職人となっていた。  それからしばらく、職人として一人前になったので、お嫁さんがほしいと思うようになった。  しかし見た目も普通で口下手、おまけにいつも鍛冶仕事で汚れている自分に自信がない。そこであの小さな石ころをとりだし『素敵なお嫁さんをだしてもらおうか』と考えた。  だが『素敵なお嫁さん』とはどういう人か考えてしまった。顔が綺麗なひと? 性格がいいひと? よく働くひと? まず石を使うまえに、どういう人がよいのか知りたいと思った。  そこで職場の人や親せきに、よい人がいないかお願いすると、とても素敵な人に出会えた。  けっきょく、小さな石ころを使わず『素敵なお嫁さん』と結婚した。  それからしばらく、3人の子宝にも恵まれ幸せな日々を送っていた。  しかしふと、この子たちが無事に育ち、幸せに生きていけるか心配になった。そう思うといてもたってもいられない。  男はあ...

お姫様を夢見た少女

  とある世界のおはなし。  港町に少女がいた。『いつか素敵な王子様がむかえにきてお姫様になる』と夢みながら貿易商で働いていた。  ある日、友だちの結婚式にとびきり綺麗な服で出席した。そこで普段は飲まない酒を飲んだ。  おかげで酔っぱらい、帰る途中で眠くなって道端の樽に入り寝てしまった。  翌日、目が覚めると樽は船に載せられ、少女は海の上にいた。  積み荷から少女がでてきたと船中が大騒ぎとなった。  たくましい船乗りたちに囲まれ少女は泣きそうになったが、勇気をふりしぼり強い口調で言った。 「わたしに乱暴することは許しません!」  綺麗な服で毅然とした態度をとる少女に、船乗りたちは『どこか裕福な家の娘かもしれない』と思った。  なぜ船にいるかは分からないが、とにかく粗末にはあつかえない。船でいちばんいい部屋を与え、積み荷からいちばん高級な服を着せ、まるでお姫様のように大事にした。  少女も大事にされると嬉しくなり、なんとか恩返しがしたいと思った。  そんなとき、海賊が船を襲ってきた。  武器を手にした海賊たちが船に乗り込んできて大騒ぎになった。  荒くれな男たちに囲まれ少女は泣きそうになったが、勇気をふりしぼり強い口調で言った。 「この船を襲うことは許しません!」  高級な服を着て毅然とした態度をとる少女に、海賊たちは『どこかの領主の娘かもしれない』と思った。  なぜ船にいるかは分からないが、とにかく粗末にはあつかえない。あじとに連れ帰り貯め込んだドレスや宝石で着飾らせ、まるでお姫様のように大事にした。  少女も大事にされると嬉しくなり、なんとか恩返しがしたいと思った。  そんなとき、軍隊が海賊を退治するため攻めてきた。  たくさんの兵隊が攻撃してきて海賊たちは大騒ぎになった。  屈強な兵たちに囲まれ少女は泣きそうになったが、勇気をふりしぼり強い口調で言った。 「この者たちに危害をくわえることは許しません!」  ドレスと宝石を身に着け毅然とした態度をとる少女に、兵たちは『どこかの国のお姫様かもしれない』と思った。  さっそく司令官に報告すると、海賊と間違えて他国の船乗りを攻め、おまけにお姫様に危害をくわえたら戦争になると慌てた。  そこで海賊たちに『本当は海賊ではない』と約束させて帰っていった。  おかげで命は助かったが、約束したので今後は海賊はできない。これ...

黒蛇の指輪

  とある世界のおはなし。  心優しい男がいた。いつか困っている人々の役に立ちたいと思いながらも、忙しい日々を送っていた。  そんな男の楽しみは街の近くの森を散歩することだった。その日もたまの休みに森の中を歩いていた。  するとどこからか悲しげな鳴き声が聞こえる。のぞいてみると猟師の罠に子ギツネが捕まっている。  可哀そうだと思い放してやると子ギツネは森の中に消えていった。  それからしばらく、また森を歩いていると目の前に立派なキツネが現れた。あの時の子ギツネの母だと名乗り、子供を助けてくれた礼を言った。男は子ギツネが無事だと知り喜んだ。  母ギツネは去りぎわにあることを教えてくれた。 「このまま森の奥へと進むと大きな木で道が2つに分かれます。その木の周りを、四つん這いで右に2回、左に3回まわってください。すると3つ目の道があらわれますので、その奥に悪鬼の住む洞穴があります。悪鬼はハーブが大嫌いなので洞穴に投げ込むと逃げてしまいます。洞穴の中に『黒蛇の指輪』があるので、それだけを持って帰ってください」  男はいつも散歩する森に悪鬼がいたのかと怖くなり、その日はいったん帰った。    次の休みの日、ポケットにできるだけハーブを詰め込み森へ入った。  母ギツネの教えどおり道が2つに分かれ、木を四つん這いでまわると3つ目の道があらわれた。それを進むと洞穴があった。  恐る恐る中をのぞくと、何やら黒い大きなものがいる。  男がポケットのハーブを投げ込むと、耳をつんざく叫びをあげてその黒いものは飛び去ってしまった。  中には山のような金銀財宝があった。これがあれば貧しい人を助けられると思ったが、母ギツネの言葉を思い出し『黒蛇の指輪』を探した。  それは他の金銀財宝とは別に、大事そうに置かれていたのですぐ分かった。  炭のように黒い、蛇のかたちに細工された指輪だった。  男は指にはめてみたがなにもおこらない。これがそれほど特別なものかと眺めているうちに、急に怖くなり慌てて洞穴を出た。  すでに日が暮れはじめ森は暗くなっていた。その中を走ったので、木の根に気づかず大きく転んで足を怪我してしまった。  骨が折れたのかと思うほどひどい痛みで、男はうめきながら手で押えた。  すると、黒蛇の指輪がふれたところから痛みが和らいでいく。なんどかさするうちに痛みは消えた。  男は街にも...

使役魔

  とある世界のおはなし。  ある魔導士が『使役魔』を生みだすことに成功した。それは愚鈍だが、従順で力もつよく、なにより休まずに働く。  これをつかえば多くの人々が楽になる。そう思った魔導士はすぐ王に報告した。  王もこれを喜び、さっそく使役魔を増やすよう指示した。  国中の村で使役魔が使われるようになった。多くの農民が重労働から解放されて喜んだ。  ところが、しばらくすると貧しい農民が増えた。  これまで10人でやっていた仕事を、3人と使役魔1匹でおこなえるようになったので、7人の農民が仕事を失った。  これが国中でおき、貧しさから強盗となる者もいた。国民はいつ襲われるかと不安のなかで暮らすようになった。  そこで王は、仕事を失った者のため新たな農地を開拓するよう指示した。  そのための使役魔も生みだされた。  新たな使役魔は森を切り開き木々を運んだ。多くの貧しい民も参加し、またたくまに農地は広がっていった。  新しい土地で新たに農作業もはじまり、農業用の使役魔もさらに用いられた。おかげで国の収穫量はどんどん増えていった。  ところが、しばらくすると貧しい農民が増えた。  収穫量が増えても1人が食べる量は変わらない。食べきれないものを買う人はいない。だから農作物が売れない。売れないと腐り、捨てることになるので、安くても売ろうとする。  すると今までと同じように働いても儲からないので貧しい農民が増えたのだ。  貧しい者が増えると生きるため強盗する者もいた。国民はいつ襲われるかと不安のなかで暮らすようになった。  そこで王は、農作物を他の国に売るよう指示した。わが国では余っていても、たりない国は高くで買ってくれる。  そのための使役魔も新たに生みだされた。  新たな使役魔は大量の荷物を遠くまで運ぶことができた。ただ愚かで計算はできないので、誰かが一緒に行って代金を計算し受けとる必要はあった。  受け取った代金でその国の珍しいものを買い、帰りも使役魔が運び売った。  他国からお金や物が流れ込み国民は豊かになった。  この新しい仕事は儲かるので、農地を手放してもその仕事につく者が増えた。  手放された農地はべつの農民が買ったが、少ない人で広い畑を耕せるよう農業用の使役魔も増えた。  こうして国中が豊かになったが、人々は休む間もなく働いたため、だんだん疲れて元気がなくなった...

たどりついた先

 とある世界のおはなし。  貧しい農家の末っ子として生まれた少年は旅立った。せまい畑を兄弟で分けると食べていけないので、出ていくしかなかった。  少年は豊で楽して生きている場所を探そうと考えていた。  たどりついた村はなかなか大きく豊だった。そこで小作(土地を借りて耕作すること)として働くことにした。  その村では他所から来る者は珍しいらしく少年は警戒されたが、まじめに働いていると『ああしたほうがいいよ』『こうしたほうがいいよ』と村人もなにかと世話をやいてくれた。  慣れるとなかなか住みよい場所だが、小作料を払うと手もとにはわずかしか残らず生活は楽ではない。  そこでもっと別の場所に行こうと村を出た。  次にたどりついた村は前の村よりも、さらに大きく豊かだった。ここならもっと楽できるだろうと思い、小作として働くことにした。  そこは豊かな場所なので人も多く、子供や年寄り、もとの住人、移住してきた人々、様々な人がいて、他所から来た少年を気にする者もいなかった。  しかし人が多いと考え方や習慣も違うので、それらをまとめるため『あれをしてはダメだ』『これをしてはダメだ』となにかとルールも多かった。  収穫が多く小作料を払っても十分に生活できたが、多すぎるルールを気にしながら生きていると、だんだん陰鬱な気持ちになっていった。  そこでもっと別の場所にいこうと村を出た。  どこか良い場所はないかと探していると、新しい島が発見され移住者を募集していた。  少年はさっそくそこに移住した。そこは自然豊かで気候もよい。最近移住してきた者も多かった。  しかし暮らしていくために必要なものはなにもない。ルールもない。すべて自分たちで作らなければならない。  まず森の木を伐り家を建てた。狩りをしながら空腹を満たした。  その間に農地を開拓し、水をひき、畑を耕し、種をまき……休んでいるヒマなどなく、いつも足りない物ばかり。失敗も多く楽をするヒマなどなかった。  くじけて帰る者もいたが、残った者は力をあわせ『ああしたら上手くいくのでは』『こうすればもっと良くなるのでは』と知恵をだしあい協力しあった。  楽をしたいとか考える余裕もなかった。  みんなで必死に働いたので、徐々に農地も広がり、収穫量も増え、生活も安定していった。少年もいつしか青年となり、結婚し子供も生まれた。  子供たちが大きくなる...

竜の沼

 とある世界のおはなし。   森の中に大きな沼があった。木々に囲まれ昼でも暗く、いつしか人食いの竜が住むと云われるようになった。  これを耳にした王子様は「面白い!」とわずかな手兵をつれて沼に向かった。  しばらく沼のほとりで過ごしたが、竜は現れる気配がない。  ただの噂だったと引き上げることになったが、城に帰らず近くの村へと向かった。  その村は乾いた土地を耕す貧しい村だった。  王子様は村長に竜を見た者を探すよう指示した。しかし、あいつに聞いた、こいつに聞いたと、見た者はひとりもいなかった。  そこで王子様は命令した。 「竜はいない、恐れることはない。ならばあの沼から水を引けば村が豊かになる。その水路を造る工事のために村人は協力しろ」  しかし村人たちは、本当に竜がいたら大変だ、竜を怒らせれば命はないと恐れ、誰ひとり工事に協力しようとしなかった。  そこで王子様は城から兵たちを呼びよせ、竜が現れても村人を守れるようにした。  そしてあらためて村人たちに水路の工事に協力するよう呼びかけた。  すると村人たちは、竜は退治できるかもしれないが祟りが怖い、あれは悪魔の化身だから人の武器では倒せないのではと言い、誰ひとり工事に協力しようとしなかった。  そこで王子様は偉い神官を呼びよせ神事をおこない、竜の祟りがないように祈らせた。  そしてあらためて村人たちに水路の工事に協力するよう呼びかけた。  するとさらに村人たちは、冬に食べる保存食をつくる時期だから時間がない、水路ができても冬に飢え死にしたら意味がないと言い、誰ひとり工事に協力しようとしなかった。  しかたなく王子様は城に備蓄されている食料を取り寄せ、保存食をつくらなくとも冬を越せるようにした。  そしてあらためて村人たちに水路の工事に協力するよう呼びかけた。  そうなると村人たちは、本当に工事は成功するのか、水路をつくると沼の水が枯れるのではと言い、誰ひとり工事に協力しようとしなかった。  さすがに王子様も呆れ、工事に協力しない者には罰を与えると御触れをだした。  これに村人たちも反発し、今のままでも自分たちは幸せだ、なぜこんな工事をする必要があるのかと大騒ぎした。  村長は慌ててなだめようとしたが、みんなで反対すれば怖くないと王子様に詰め寄った。  王子様はその集団を見わたし、面白がって騒ぎを煽る者を見つけだす...

黄金の女神像

 とある世界のおはなし。  少年は両親が残した小さな畑を耕して暮らしていた。だが毎日おなじことの繰り返しに飽き飽きしていた。  そんなある日、王様がお触れをだした。 ~伝説に語られる『黄金の女神像』を見つけた者を姫の婿とする~  少年の心は沸き立った。急いで家に帰ると仕度をはじめた。  隣に住む少女が異変を感じやってきた。幼馴染で、いつもケラケラ笑う明るい娘だ。  少年が『黄金の女神像』を探しに行くと言うと、少女は『誰も見たことがない物をなぜ探しにいくの』と怒り出した。  『黄金の女神像』は海の彼方にそびえる山の頂にあり、見た者は誰もいないと云われる。だが少年は止まらない。 「もし姫様と結婚したら、お前を城の小間使いにして一生こき使ってやるからな」  そう言い残して旅立った。  まず街にむかった。旅に必要な物を買い足すためだ。  街は高い石壁に囲まれ大きな門からでないと入れない。その門には常に衛兵がいて通る人々を監視している。  少年が通ろうとすると、同じ年頃の大柄で強そうな衛兵が声をかけてきた。 「農民がひとりで街にくるなんて珍しいな。どうしたんだ?」  少年が『黄金の女神像』を探しに行くためだと答えると、衛兵は『誰も見たことがない物をなぜ探しにいく』とフフンと笑った。 「もし姫様と結婚したら、お前を城の小間使いにして一生こき使ってやるからな」  そう言い残して立ち去ろうとすると、衛兵は自分も行くと言いだした。  門の前で通る人々を監視する、毎日おなじことの繰り返しに飽き飽きしていたが、仲間と旅ができれば面白いかもしれないと。  『黄金の女神像』は早い者勝ちという約束で、2人は一緒に旅立った。  少年と衛兵は街をでて山に入った。強そうな衛兵がいるので山賊に襲われることもなく進んだ。  しかし山はいくつにも連なり簡単には抜けられず、野宿を繰り返しているうちに食料も尽きてしまった。  空腹で座り込む2人に、同じ年頃の細身で俊敏そうな狩人が声をかけてきた。 「農民と衛兵がこんな山奥にいるなんて珍しいな。どうしたんだ?」  少年が『黄金の女神像』を探しに行く途中で食料が尽きたと答えると、狩人は『誰も見たことがない物をなぜなぜ探しにいく』とニヤニヤと笑った。 「もし姫様と結婚したら、お前を城の小間使いにして一生こき使ってやるからな」  そう言い残して立ち去ろうとすると、狩人...

ヘクサの娘

 とある世界のおはなし。  小さな村に娘がいた。美しく、優しく、働きものだが、年ごろになっても言い寄る者がいない。  なぜなら娘の屁が殺人的に臭かったからだ。村の人々はそれを恐れ、だれも近寄らなかったから。  ある日、西の村の青年が通りかかった。青年はひとめで娘を気に入り、ぜひ嫁に迎えたいと言った。  小さな村の人々は止めたが、青年は「屁は臭いものと決まっている」と笑い、娘を西の村に連れかえった。  娘は笑顔をたやさずよく働いた。青年の両親も「良い嫁が来てくれた」と喜んだ。しかし数日たつと顔色がさえなくなった。  心配した青年が聞くと「屁を我慢してお腹が痛いのです」と恥ずかしそうに答えた。青年は「屁はこいてあたりまえだ」と笑い、無理をするなと娘を諭した。  そこで娘は少しだけプイと放屁した。  するとあまりの臭さに青年は意識を失いひっくり返ってしまった。  しばらくして目覚めた青年に娘は泣いて謝った。青年は笑って許したが、両親は「こんな危ない娘は置いておけない」と離縁することになった。  娘を小さな村に帰すため、2人は泣く泣く山道を歩いた。  そこに大きな熊があらわれた。  青年は食われるものと覚悟したが、娘は熊にペロリと尻をむけるとプリリと放屁した。  するとあまりの臭さに熊は意識を失いひっくり返ってしまった。  青年は命の恩人を離縁になどできないと連れ帰り、両親を説得した。ことのいきさつを知った両親も納得し、離縁は取り消された。  それから時々、青年は娘を山につれていき放屁させた。おかげで娘の体調もよく、さらにその屁で意識を失った山の獣が狩れるので、家は次第に豊になっていった。  西の村の人々は「あの家の嫁は美しく、優しく、働きもので、狩りまで上手らしい」と羨んだ。  娘は嬉しいやら恥ずかしいやら、とにかく幸せに暮らした。  しばらくたったある年のこと、西の村は盗賊団に襲われた。  村を守るため男たちは武器を手に戦った。女と子どもは村長の家に避難した。  娘も避難したが、みんなで肩を寄せあう日が続くと、屁をひれず徐々に体調が悪くなっていった。  そしてついに我慢できず、少しだけプイと放屁した。  するとあまりの臭さに避難していた人々が意識を失いひっくり返ってしまった。  しばらくして目覚めた人々に娘は泣いて謝った。しかし人々は「こんな危ない娘は置いておけない」と...