宝玉の手箱
とある世界のおはなし。
若き竜王は世界の海を統一し海神となった。
まだやるべき事は多いが、わずかな休息を得るため陸に上がった。
そこで一人の娘と出会った。
その娘は貧しい漁村で暮らしていたが、互いにひとめで恋に落ちた。
竜王にとって、これまでの苦労を捨て人として生きたいと思うほどの恋だったが、王としての役割がそれを許さない。
竜王は娘と海の民を説得し、娘を王妃として迎えることを条件に、娘とともに海へ戻った。
統一した海を安定して統治するために竜王は激務の日々を送った。しかし王妃との仲は睦まじく、それが竜王の心を救った。
そして、時を置かずして王妃は身ごもり姫を生んだ。
竜王は王妃と姫を溺愛したが、この頃から王妃の異変に気付いた。
老いている。
海神である竜王と、人である王妃の時間の流れは違う。竜王は今だ青年のように若いが、王妃は数倍の速さで年齢を重ねているように見える。
姫は竜王の血が濃いのか、王妃の老いほど成長してくれない。このままでは姫が大人になるまえに、王妃は老婆となり死んでしまうのではないか。
不安に駆られた竜王は海の魔導士を呼び、王妃の老いを止める手立てを講じるよう命令した。
しばらくして海の魔導士たちは、宝玉で彩られた手箱(身近な物を納め持ち運ぶ箱)を竜王に献上した。
「この箱は、身近に持つ者の刻を納める箱です。これを王妃が持てば老いを止めることができるでしょう。しかし箱をあければ、それまで納めていた刻が解き放たれ、瞬く間に老いが襲いかかるでしょう」
竜王はこれを王妃に持たせようとしたが、かたくなに拒んだ。
「竜王様と人である私の刻の流れが違うのは当然です。私は天の理(ことわり)を変えたいとは思いません。私が先に天寿を全うしたとしても、あの世で竜王様をお待ちいたします」
その思いに竜王は苦悩し、何度も説得し、せめて姫が育つまではと手箱を持たせた。
それから数百年の時が流れ、姫を美しく賢く育った。
それを見届けたように、王妃は手箱を竜王に返し、老いて天へと召された。
竜王は宝玉の手箱を宝物庫に封じ、悲しみを振りほどくように海神としての務めを果たした。しかし時おり手箱を持ち出し眺めては、物思いにふけった。
姫はそれが不思議で時おり手箱のことを訪ねたが、『お前の母、王妃との刻を封じたものだ』と竜王は寂しそうに微笑むだけだった。
姫はそれを不思議に思ったが、父と母の尊い思いは感じた。
それから数百年の刻が流れた。海神である竜王が長寿とはいえ、いつかは老いを迎える。
この頃には海の政務を姫が代行することが多くなり、これをよく務めた。
そしてその心の奥では、あの手箱が父と母の美しい思いとして昇華され、いつか自分もそう思える人と手箱を共有したいと考えるようになっていた。
間もなく、竜王は息を引き取った。その顔は安堵したように安らかなものだった。
これを姫は、天で母と出会える喜びだと思い、なおさら自分もそのような人に出会いたいと考えた。
竜王の喪は100年をかけ行われるが海の掟で、それがあけて後に姫は王妃となる。
その間、姫は王の代行者として政務に努めたが、ある日、亀が陸で助けてもらった青年を宮に連れてきた。
姫はひと目で恋に落ちた。
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