聖なる穴掘り穴埋め

 とある世界のおはなし。

国中で疫病が流行り多くの人々が苦しんでいた。

しかし医学が未熟な時代、どうすることもできず、ただ恐怖に耐えて神に祈るしかなかった。

そんな中、高名な神官が神の啓示を受けた。

「天におわす神の聖なる息吹きを大地に吹き込めば疫病は治まる」

神官はそのための広く深い穴を掘ることを呼びかけた。

とにかく疫病が治まるならと人々はこれを信じ、神官たちは穴を掘るため寄付を募った。


当然これを疑問視する者もいた。

しかしその急先鋒であった有力貴族が、あっさり疫病で命を落としてしまった。

一方、これを信じ屋敷を売って寄付した貴族は、感染したがすぐ治ったとの噂がたった。

この話が国中に広がると、王や貴族、商人、農民にいたるまで我先にと寄付をはじめ、貧しい者たちは穴を掘る作業のため集まった。


十分な寄付金と無償の信者たちにより広く深い穴が掘られ、中心には天の神に呼びかける儀式のための神殿が建てられた。

高名な神官は『神が天から見やすいように』と金銀で装飾された煌びやかな法衣をまとい、三日三晩神事をとりおこなった。

人々もその様子を穴の外から見守っていたが、四日目、ついに強い風が吹いた。

すかさず神官は『これぞ神の聖なる息吹きぞ』と叫び、人々も歓声をあげた。

実はちょうど季節の変わりめで毎年強い風が吹くのだが、なにせ高名な神官が言うことなので誰も疑わなかった。


神官は続けて叫んだ。『神の聖なる息吹きを逃がさぬよう、はやく穴を埋めるのだ』と。

見守っていた人々は慌てて穴を埋めはじめた。

聖なる息吹きが逃げないよう、とにかくはやく穴を埋めなければならないが、なにせ広く大きいので簡単にはいかない。

残った寄付金で人を雇って作業を進め、神殿ごと穴は埋められた。

その頃には、人々が集団免疫を獲得し疫病が治まりはじめていたが、医学が未熟な時代なので、神の聖なる息吹きのおかげだと誰もが信じた。


こうして疫病は終息したが、はなしはこれで終わらなかった。

高名な神官は、今後同じことがおこらないよう国中の大地に神の聖なる息吹きを吹き込もうと言い出したのだ。

当然その費用は寄付によって賄われるが、先に寄付した王侯貴族は渋った。

そこで神官は寄付の額に応じて『神の聖なる息吹きを封じた壺』を返礼するとした。

神事の際に壺を並べ、息吹きが吹いたら蓋に封して渡すというのだ。


これに金貨1000枚を寄付した商人がいた。

その寄付金で穴を掘り、神殿が建てられ、神事が行われ、壺が封をされ、穴が埋められ、商人に壺が渡された。

この直後、商人の商売が好転し、あっという間に事業が拡大していった。

実はこの商人、穴堀人足や神殿の資材の手配を一手に請け負ったので、寄付金以上の利益を上げ、それを元手に事業を拡大したのだ。

それを知らない人々は『神の聖なる息吹きを封じた壺』の効果だと信じ、これさえあれば家内安全商売繁盛と王侯貴族まで壺を欲しがり寄付をはじめた。


おかげでみるみる寄付が集まり、国中あちこちで事業が行われた。

神官の法衣も神殿も食事も馬車もどんどん豪華になり、各作業の監督も弟子が手分けして行わうようになった。

この弟子になるにも試験が必要で、その費用は高額だが、みごと合格して監督するようになると寄付金から多額のお布施が支給されるので、希望者は後をたたない。

また同時にあちこちで事業が進められるので、各地で穴堀人足や神殿の建築資材、またその作業する人々の宿泊所や食料なども必要になり、これを請け負うと大変な利益となるため商人たちも寄付を惜しまなかった。


こうして穴を掘って神殿を建て、神事を行い穴を埋め、壺を返礼することが各地で繰り替えされた。

これが10年も続いたころ、神の聖なる息吹きを浴び続けた高名な神官はコロリと死んでしまった。

しかしその意思は弟子たちが協会をつくり引き継ぎ、絶えることなく続けられた。

いつしか神官たちは多額の寄付金を背景に、王や貴族よりも権力を持つようになっていた。


そしてさらに100年がたったころ、新たな疫病が流行した。

当然、穴を掘ろうが、神殿を建てようが、神事を行い穴を埋めようが、壺を何個持とうが、疫病が治まることはなく神官組合の権威は失墜した。

その時、新たな宗教の指導者が神の啓示を受けたと言った。

「疫病は悪魔の所業であり、聖なる水を買って飲み、神官を呼び悪魔祓いを行えば退散できる」と。


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