悪の大魔王の憂鬱(前編)

 とある世界のおはなし。

大きな城で私はひとり悩んでいた。なぜ『悪の大魔王』と呼ばれるのか。

とりあえず『大魔王』は理解できるとして『悪』が納得いかない。


物心つくと私はひとり山にいた。獣のように獲物を狩って生きていたが、たまたま知り合った猟師から人の言葉を教わった。

そして肉は焼いて食ったほうが美味いことを知った。じつはパンや野菜のほうが好きなことも知った。ついでに酒も大好物だと知った。

村にはもっと美味いものがあるというので山を下りることにした。

しかしふもとの人々は、体が大きく力も強い野獣のような私を『魔人』と恐れた。


どう思われても気にしないが、仲良くならなければ美味いものを分けてもらえない。

そこで畑仕事を手伝った。あまり寝なくてもよく、力も強いので、昼夜を問わず百人力で働いた。

おかげで村の仕事もはかどり、人々も喜び仲良くなって美味い料理を食べさせてもらえるよになった。

そこで、収穫が多ければ多くの美味い物が食べられることを知った。人の生活や習慣も知った。同時に私が人と違うらしいことにも気がついた。

これに悩んだ時期もあったが、村の子たちは気にせず遊んでくれた。

人も動物もとにかく子供は可愛い。遊ぶことをはじめて知った私にとって至極の刻だった。

おかげで人と違うことを気にしなくなった。ふりかえると最も穏やかな日々だったかもしれない。

しかし疫病が終わらせた。


国中で疫病が流行り、多くの人々が病に倒れた。私にできることは少なく、とにかく薬草を取って来たり、水をくんだりした。それでも、とくに子供たちが病に苦しむ様子には心を痛めた。

そんななか、国の神官どもが『疫病は魔人のせいだ』と吹聴しはじめた。それを信じた国王が私を討伐するために何十人もの兵を送り込んできた。

村人たちは私と疫病は関係ないと訴えてくれたが、兵たちは聞く耳を持たなかった。

病で苦しむ人々を巻き込まぬよう、私は村の外に出た。そこに兵たちは弓や槍で襲いかかってきた。しかし岩より硬い皮膚で覆われた私を傷つけることはできない。

私が近くに生えている木を軽々と引き抜き、牙をむき出しにして振り回すと、兵たちは恐れて逃げていった。

それからしばらくして、私に関係なく疫病は治まった。しかし村も国もだいぶ人が減った。


どの村も人手が足りず、その年の収穫量は激減した。しかし王は、国の収入を確保するためと年貢を取り立てた。これに国中の民が不満の声をあげたが、兵を送り力ずくで徴収した。

私がいた村には、私を恐れてか兵は来なかった。それを知った周囲の村の人たちが助けを求めてきた。

この村で美味いものが食べられれば他はどうでもよかったが、年貢を納められないと女子供を連れ去り売ると聞いて許せなくなった。

兵が来たと聞けば、獣よりも速く走りその村へ行った。

私が姿を現すと兵たちは戦いもせず逃げだしてしまう。だがいなくなるとまたやってくる。これを何度もくりかえした。

国を守る兵とも思えぬ卑怯な奴らだが、キリがないので王と直接はなしをつけることにした。


城まで走り、頭の角をふるって門を壊し、広い中庭に立った。すると王、宰相、将軍と偉い順に逃げてしまった。

可哀そうなのは私と戦うよう命令された城の人々だ。恐怖にふるえながら剣をかまえている。

その様子に『村に来た兵たちもただ命令されていたのかも』と少し同情し、近くにいる兵に歩み寄ると『食べないでください』と泣きだしてしまった。

私は人を食べない!

だが腹は減っていたので何か食べさせてほしいと伝えると、城の人々は豪華な晩餐を準備してくれた。

その美味しさは今でも忘れられない。王はこれを毎晩ひとりじめしているのかと驚き、せっかくだからと城の人々と分けあった。

村人たちには申し訳ないが、城の料理は格別だ。

私はそのまま城にとどまり、王となることにした。


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