ふたりの剣豪
とある世界のおはなし。
天下無双とうたわれた剣豪が『至宝』と呼ぶ2人の弟子がいた。
一方は流れる技をくりだす柔の剣、一方は恵まれた体躯からくりだす剛の剣を得意とした。
試合をさせれば甲乙つけがたく、また同じ年頃で仲もよく、互いに切磋琢磨し腕を磨いた。
そしてふたりは元服の頃をむかえた。
柔の剣を持つ者は己の腕を試したいと、脱藩し武者修行の旅にでた。
両親は『おまえが旅立つと老いた私たちはどうすればいいのか』と泣いたが、それを振り振りきり旅にでた。
周囲の人々は『なんと親不孝か』と噂し、親は『育て方を誤った』と肩身の狭い思いをした。
剛の剣を持つ者は、父の跡を継ぎ城勤めを選んだ。
両親はとても喜び、嫁も迎え、ほどなく跡継ぎも生まれた。
周囲の人々は『なんと孝行者か』と噂し、親は『育て方が良かった』と誇らしかった。
それから10年の刻がながれた。
柔の剣を持つ者の名は天下にとどろいた。その剣は天下無双、古今東西ならび立つ者はいないと。将軍の御前にも呼ばれ、その腕を披露するほどだ。
そのような傑物が我が藩からでたと藩主も誇りに思い、両親には功労金が渡された。
周囲の人々は『なんと孝行者か』と噂し、親は『育て方が良かった』と誇らしかった。
剛の剣を持つ者は、文官として勤めていた。剣を持てば天才でも、そろばんと筆を持てば思うようにいかず、うだつが上がらなかった。
周囲の人々からも『うつけ』と呼ばれる始末で、親は『育て方を誤った』と肩身の狭い思いをした。
そのころ江戸には黒船がやってきた。
日本中を激震がはしった。
柔の剣を持つ者は、その剣を頼りに幕府側についた。その名はすでに轟いており、誇りをかけて先頭に立ち戦った。
剛の剣を持つ者は、藩の命に従い尊王攘夷側についた。凄腕らしいと周囲におされ、やむなく先頭に立ち戦った。
そしてとある戦場で、ふたりは対峙した。
互いにすぐ分かった。
十数年ぶりに交える剣は、あの時と違い本当の命のやりとりだ。
磨き続け輝く柔の剣の前に、なまくらとなった剛の剣は防戦一方となった。およそ勝負は見えている。
ついに隙が生れた剛の剣に、柔の剣が渾身の一太刀を与えようとした時、流れ弾がその身を襲った。
柔の剣が『お前に介錯をたのむ』と呟くと、剛の剣も最後を悟り重くうなずいた。
大きく剣をかまえると、柔の剣が訪ねてきた。
「俺は選んだ道を生きた。悔いはないが、お前はどうか」
「俺も選んだ道を生きている。お前ほどに強くはなれなかったが」
互いにほほ笑むと剣が振り下ろされた。
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