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始まりの木

 とある世界のおはなし。 鳥が種を運んだのか、草原に一本の木が生えた。 ひょろりとなんとも折れそうな木だが、この辺りで木が生えるのは目ずらいしい。 周辺の動物たちも『せっかく生えたんだから頑張って大きくなれ』と励ました。 木もそれが嬉しくてドンドン大きくなっていった。 それから何年かたち、木は太くなり、枝も四方に広がり、なかなかに大きくなっていた。 雨が降れば雨宿りでき、風が吹けば拠り所になり、怖い奴から隠れる場所にもなる。 鳥たちもも動物たちも頼りにしたので、木はさらに嬉しくなり、もっともっと大きくなろうと頑張った。 大きくなって大人になった木は実をつけた。 その実はとても美味しくて、さらに鳥たちが集まってきた。地面に落ちた実は動物たちが食べた。 実の中にあった種は、鳥や動物たちがあちこちにまいた。 おかげで木の周りには子供の木が生えてきた。 その子供も大きくなり、実をつけ、さらに鳥や動物が集まり、あちこちにまき、そのまた子供の木が生えた。 気が付くと、草原は林になり、森になり、多くの生き物の住処になっていた。 始まりの木は、その森の真ん中でとてもとても大きな木になっていた。だから鳥や動物たちはいつも頼りにしていた。 本当は年をとり、もう立っているのも辛くなっていたが、それでも鳥や動物たちを守るためもっともっと大きくなろうとした。 大きいので遠くまで根を張りたくさんの栄養を吸い取った。 大きいので遠くまで枝を伸ばしたくさん太陽の光を浴びた。 そのせいで、始まりの木のまわりは栄養が足りず、日も当たらない。いつもひょろりとした草や木しか生えなかった。 だけど大きな木には鳥や動物が集まる。 だから始まりの木は、もっともっと大きくなるために頑張った。 ある日、とても強い嵐がきた。風はビュウビュウと音を立てて森を大きく揺らした。 鳥も動物たちも始まりの木に身を寄せ、隠れ、ブルブルと震えた。 始まりの木は本当は辛かったけど、みんなを守ろうと根を張り踏ん張り、枝をいっぱいに伸ばして風を防ごうとした。 風は何度も始まりの木を揺らしたが、なんとか踏ん張った。しかし、何度も繰り返すうちに、ついに始まりの木は徐々に疲れてきた。 あまりに年をとり、あまりに大きくなりすぎて、風をいつまでも受け続けることができなくなっていた。 ついに始まりの木は根本かられ折れて倒れた。 メキメキドシンと大き

慈悲の王

 とある世界のおはなし。 宰相が王のもとを訪れた。 「親愛なる我が君よ、民は賢明なる王の恩恵を受け、喜びに満ちた日々を過ごしております」 王は宰相を睨んだ。 「世辞はいい、問題はなにか」 宰相がこのような言い方をするときは決まって深刻な問題を見つけた時だ。 そのおかげで、これまで何度も問題の芽を摘むことができたのも事実だ。面白くはないが。 王の不機嫌など気にする様子もなく宰相は一枚の書類を差し出した。 「賢明なる王よ、過去20年、年ごとに生まれた子の数をまとめた表です」 ちょうど王位についた頃からだ。王はこれを見て首をかしげた。 「ここ5年、生まれてくる子が減り続けているのか?」 「我が君が王となり、国は他国がうらやむほど豊かで安全な国となりました。その影響で一時は子も多く生まれましたが、今は減少に転じています」 王は眉間にしわをよせた。 「民の数は増え続けていると聞いていたが?」 「我が君の慈悲により各地に病院を増やしたのが15年前。それ以後、不意の死に至る者が減り、民の寿命は大幅に伸びました。これが民が増え続けている要因と思われますが、一方で生まれてくる子の数は減っています」 王は黙って爪を噛み始めた。考え事をする時の癖だが、宰相は身じろぎもせず待った。 「して、原因は何か?」 宰相は首を振った。 「いくつか仮説を立て調べていますが、まだ特定できていません。しかし生まれてくる子が減っているのは数字が証明しています」 また王は黙って爪を噛み始めたが、それほど間を置かずに口を開いた。 「民が長生きするのは良いことだが、いつか寿命は迎える。20年後か、30年後かは分からんが、どこかで民の数が減り始めるということか」 「賢明なる王よ、おっしゃる通りです」 こう宰相が答えるときは、考えのベクトルは間違っていない。 また王は爪を噛んだ。結果はすぐに出たが、自分ばかり答えず宰相の考えが知りたかった。 「民が減ると国力が低下する。国力が低下すとどうなるか、具体的に述べよ」 宰相は静かにうなずいた。 「今のままだと全体数が減る前に、若い世代の絶対数が減ります。年寄の寿命は延び、若者は減るのですから、全体数は増えても若者の比率は減ります。それはまず、経済に影響をおよぼすでしょう」 「経済に影響が…」 「はい、経済に影響が及ぶと民は貧しくなります。結果、税収が減り国も貧しくなります。

賛成する人を探す人

 とある世界のおはなし。 オフィス街の片隅に無口な大将の居酒屋があった。 カウンターしかない小さな居酒屋だが、常連客も多くけっこう繁盛していた。 ある日、20代らしき男女が訪れた。 カウンターの端に座り、まずはのビールを注文した後、女のほうが「彼氏ができた」と話しはじめた。 男友達は「それはおめでとう」と嬉しそうに祝福したが、彼氏の名前を聞いて表情が曇った。 女はそれに気づかないのか、新しい彼氏がどれほど素晴らしいか話し続ける。 たまりかねた男友達は「あいつはよせ」と話を止め、その彼氏を以前から知っているが、どれほどひどい奴か見聞きしてきたことを語った。 しかし女は「そんなことはない」「私には違う」と反発する。男友達はなんとか説得を試み、次第に雰囲気も悪くなり、女は黙ってうつむいてしまった。 それからあまり時間もたたないうちに二人とも帰ってしまった。 それから数日後、女は別の女友達と来店した。 前回と同じようにカウンターの端に座り、女のほうが「彼氏ができた」と話しはじめた。 女友達も「やったー、おめでとう」と嬉しそうに祝福したが、彼氏の名前を聞いて表情が曇った。 女はそれに気づかないかのように、新しい彼氏がどれほど素晴らしいか話し続ける。 たまりかねた女友達は「その人はやめたほうがいい」と話を止め、その彼氏を以前から知っているが、どれほどひどい奴か見聞きしてきたことを語った。 しかし女は「そんなことはない」「私には違う」と反発する。女友達はなんとか説得を試み、次第に雰囲気も悪くなり、女は黙ってうつむいてしまった。 それからあまり時間もたたないうちに二人とも帰ってしまった。 さらに数日後、女は別の男友達と、また数日後、さらに別の女友達と訪れた。 そしてカウンターの端に座り「彼氏ができた」と話しはじめた。 どの友達もはじめは嬉しそうに祝福するが、彼氏の名前を聞くと表情が曇る。 そして彼氏との付き合いを止めようとするが、女は黙ってうつむいてしまい、あまり時間もたたないうちに帰ってしまう。 だがその数日後に来た別の女友達は違った。 いつものようにカンターの端に座り「彼氏ができた」と聞いて祝福するのは同じだが、彼氏の名前を聞いても「イケメンだね」「優しそうでいいな~」と調子を合わせる。 女もこれまでとは違い嬉しそうに彼氏がいかにいい人かを話続けた。 しばらくして女友達がトイレ

お金の好きな王、子供の好きな王

  とある世界のおはなし。 お金の好きな王様がいました。城の中に貯められたお金を眺めて、いつも嬉しそうに笑っていました。 そしてもっと貯めたくて、なにかと理由をつけて民からお金を取り立てます。 道をつくるからと税を取り、耕作地を広げるからと税を取り、城をなおすからと税を取りました。   でも道をつくり終わっても、別の道をつくるからと税を取り続けます。 耕作地を広げ終わっても、別の耕作地を広げるからと税を取り続けます。 城をなおし終わっても、別の場所をなおすからと税を取り続けます。 それどころか、また別の理由で新しい税を取り立てます。おかげで民は、どんなに働いてもほとんど税で取られてしまいます。   これでは勤勉で働き者の民たちも疲れてしまい、どんどん国を捨てて逃げてしまいました。 おかげで民は減っていき、王に納められる税も少なくなっていきます。 「民が減ってはお金が貯まらないではないか! もっと民を増やさねば」 そこで外国から人を呼び込めば民が増えると考えました。外国から人が来やすいように、3年間は無税にしました。 その費用を賄うため、また新たな税を取り立てました。   おかげでさらに民は逃げ出し、どんどん人は減ります。 また外国から来た人たちも、無税の期間が終われば国に帰っていきました。 結局、この国は民が減り、税を納める人がいなくなり、王様は貧しくなってしまいました。   一方、逃げ出した民が移り住んだ先の王は、とにかく子供が好きな王でした。子供たちが幸せに暮らせるよう考えていました。 親も子育てで働けないだろうと、国庫を開き援助しました。おかげで親たちは安心して子育てできます。 だからどんどん子供が増えていきました。   10年後、20年後、その子供たちも大人になり、一生懸命働きます。ひとりひとりが納める税はわずかでも、たくさんの人が納めればたくさんのお金になります。 また若い人ほどよく働き、よく買い物もするので、国全体が活気のある豊かな国になっていきました。 王は増えた税収をまた子供たちのために使い、また人が増え、豊かになり、気が付けば周辺でいちばん大きな国となっていました。

スマホ投票

 とある世界のおはなし。 若きIT起業家は考えた。 「選挙の投票をスマホからできれば若い人の投票率が上がる!」 さっそく試作アプリの開発をはじめた。 成りすましでの投票を防ぐため、マイナンバーと生年月日を利用しようと考えた。 投票した結果を役所の住民データと照合すれば、投票権を持つ人の判別もでき、集計も瞬く間に終わり予算削減にもつながる。 これは一石二鳥だと考えた。 若きIT起業家はこれを地域の選挙管理委員会に売り込んだ。 担当者は提案をひととおり聞き呟いた。 「同じ人が何度も投票できちゃうじゃない」 「2回投票できないようロックできますし、最後の投票を有効にするルール設定もできます」 「スマホの画面の名前だけで投票するって、正しく選べるとは思えないな」 「候補者の名前とサイトをリンクすれば、その場でどういう人かも確認でき、よりよい選択ができます」 「サイト? リンク?? まあしかし、若い人が投票するかね」 「投票所に行かなくてもよいので投票率は上がると思います。もし投票した人にマイナポイント等を付与すれば、より高い効果が期待できます」 「マイナポイントは私の管轄じゃないから…まあしかし、マイナンバーを使うって適当に入力して当たったらどうするの」 「マイナンバーは12桁1兆パターンあります。これに誕生日の月日365パターンを組み合わせれば、365兆パターンとなり『適当』は無視できる確率です」 「そうは言ってもねえ…そういえばスマホ投票で個人情報が漏洩したら大変だよ」 「投票結果はクラウド上に保管されますが、マイナンバー12桁と誕生年月4桁の組み合わせで個人を特定することは不可能です。この投票データをコピーし、ネットと切り離された役所内で住民データと照合し、投票結果を集計すれば問題ありません」 「しかしね、それでも漏洩したらどうするんだ」 「365兆パターンから個人を特定するなど、そもそも個人情報が漏れていなければ不可能です。なので住民データが漏洩していないかげりありえません」 「それでも、それでもだよ、漏洩したらどうするんだ」 「それは事前に漏洩があったことが前提です。事前に漏洩していたことが大問題です」 「しかし人がやることだから……そうだ! これ誰が誰に投票したかわかっちゃうんじゃない。そんなことできるとマスコミが黙ってないよ」 「それはコンプライアンスの問題で

貧しい村

 とある世界のおはなし。 中央から離れた貧しい村があった。日々どうにか暮らしていたが、およそ娯楽や贅沢とは縁遠い村だった。 どの家もお金はなく、なにかあればたちまち食べる物にも困る状態だった。 その為、困っている家があると『明日は我が身』と村人たちは助けあった。 なにか不足している家があれば、皆で持ち寄り貸し与えた。子どもは村人全員で育てた。病気や年老いて働けない者がいれば当番を決め世話をした。 おかげで村人たちには『何かあっても皆が助けてくれる』という安心感はあり、人々は不安なく明るく、そんな大人たちのした子どもたちも笑っていた。 ある男が村を出て中央へと移り住んだ。 継がせる財産がない家では、子供が村を出て生計を立てるのはよくあることだった。 それから月日が流れ、男は中央で成功し帰省した。幼いころ面倒を見てくれた村の人々にも多くの土産を持って帰った。 村人たちは『立派になった』『村の誇りだ』と口々に褒めたたえ喜んだ。 喜んでもらうと男も嬉しくなる。さらに仕事に精を出し、成功し、土産を持っては帰省するようになった。 以前の男のように、村を出る若者がいれば中央で住む場所や働く先を世話した。 中央の役人に働きかけ、村に新しい道を引いたり、病院を建てたりもした。 私財を投げうち工場を建て、若者が村を離れなくても働ける場所を造った。 村の生活は格段に豊かになり、人々は『まるで天子様だ』と男に感謝した。 生活が豊かになると、村人たちは多少の貯えもつくれるようになった。 お金を貯め、必要な物や欲しい物を買うようになった。 するとされに別の欲しくなり、それが次のやる気となり、さらに稼ごうと働いた。 おかげでますます豊かになり、いつしか男の手を離れ自力で発展していったが、忙しさのあまり、徐々に周囲の人を気にしなくもなっていた。 その後も村は発展し続け、すでに多くの村人が必要な物、欲しい物を手に入れていた。 各家で持っている物の差はほとんどなく、以前んのように貸し借りをすることもなくなっていた。 それでも『何かあったら』と人々はお金を貯めつづけ、いつしか貯めるために働くようになっていた。 気が付くと村人たちは『あの家は稼いでいる』『この家は貯め込んでいる』と噂するようになっていた。 一所懸命に働いているのに陰で噂されると気分が悪くなる。噂された家は徐々に距離をおくようになる。 する

クセの直し方

 とある世界のおはなし。 少年は軍に入り短槍隊に配属された。 この世界の戦争は、弓隊が矢を射かけ敵の動きを止め、その間に長槍隊が横一列に前進して距離を詰め、騎馬隊が突撃して敵の陣形を崩し、短槍隊が接近で仕留める流れになっている。 騎馬隊と短槍隊は敵との距離も近く危険でもあるが、そのぶん花形ともいえた。 そんな短槍隊の中でも、少年が配属された部隊の隊長は小柄で優し気、およそ軍人のイメージからは遠い雰囲気の持ちぬしだった。 訓練こそ他の部隊より厳しいが、いつも隊員を気にかけ、およそ怒ったり怒鳴ったりするところを見たことがない。 その為か先輩隊員たちも気さくな人が多く、少年もすぐ馴染みメキメキ腕をあげ、若手のホープとして期待されるようになった。 そんな少年にはひとつ悪いクセがあった。槍を横に持ってしまうのだ。 槍は使う時以外は縦に持ち、穂先を上に向ける。これは周囲の人に穂先が触れ傷つけないようにするため鉄則だ。 少年も当然理解しており、普段から意識もしている。しかし疲れたり、ふと意識が緩んだ瞬間、つい横に持ってしまう。 隊長から何度も縦に持つよう言われ、先輩たちからも注意される。罰として腕立てやランニングを課せられることもあったが、それでもなかなか直らないまま数ヵ月が過ぎた。 ある日、厳しい訓練を終えヘトヘトになった時、またつい横に槍を持ってしまった。 その途端、いつも優し気な隊長が鬼の形相で駆け寄り少年を殴り飛ばし『いい加減、槍を横に持つことを覚えろ!』と怒鳴った。 少年はもんどりうって地面に転がったが、慌てて立ちあがると槍を縦に持ち謝罪した。 隊長が立ち去ったあと、先輩たちが心配して駆け寄ってきた。口々に『あの隊長を怒らせたのはお前が初めてじゃないか』と冗談を言った。 少年も殴られた痛みより、優しい隊長を怒らせたことがショックだった。 それ以来、槍を手にするたびに隊長の顔がうかび、横に持つことはなくなった。 そして10年の月日が流れた。少年も青年となり、幾多の戦場を生き抜いてきた。 立派な短槍兵としていくつか手柄も立て、副隊長に出世し隊長を補佐していた。 ある日、若手の訓練報告を終えた後、ふと槍を横に持つクセが直らず殴られたことを思い出した。 おかげでクセがなおりましたと礼を言うと、隊長も思いだしてほほ笑んだ。 「あのクセだけは何度言っても直らなかったからな。クセを直

政治家の資質

 とある世界のおはなし。 彼は幼いころから人々を幸せにしたいと思っており、いつしか政治家になりたいと考えるようになった。 猛勉強の末、大学で政治を学ぶと同時に、時間があれば経済、福祉、軍事、自然科学等、とにかく役に立ちそうな知識を身につけた。 またバイトは、あえて時給の安い人が嫌がる仕事を選んだ。そこで働く人々の声や気持ちを知りたかったからだ。 たまの休みにはボランティアをしたり、ダムなどの公共施設を見学して歩いた。 卒業後は公務員となった。実際に内側を知りたかったからだ。あれが悪い、これを改善しろというのは簡単だが、実際になぜそうなるのか、どういう改善が可能なのかを体感したかったのだ。 そして30歳を超え、自分なりに「こうすれば多くの人の為になる」という答えを見つけ、彼は公務員を辞めて立候補した。 見栄えもパッとせず、口下手で演説も上手いとはいえない。しかし誠心誠意うったえれば届くはずだと信じて街頭に立った。 選挙資金も限られるので、とにかく自分でできることは寝る間を惜しんでやった。 この選挙には、彼と同じ年頃の立候補者がいた。はじめはライバルというより、同志のように感じ嬉しかった。 しかしその立候補者の演説を聞き落胆した。 容姿がよく耳障りのよい声でおこなう演説は人々の足を止め、瞬く間に評判になった。 だがその内容は、およそ実現不可能なことを派手に宣言し、その具体的な方法も示さず『できます、やります、任せて下さい』の一点張り。 ただ当選することが目的で中身のないようにしか感じない。 彼は、このような立候補者に負けるわけにはいかないと必死で選挙活動をつづけた。 そして投票結果がでた。彼は落選した。それも最下位だった。 一方で『できます、やります、任せて下さい』はトップ当選だった。 あきらかに自分のほうが優れた政策を持ち、それを実現する為の努力もしてきた。そして多くの人を幸せにしたいという気持ちも誰にも負けないつもりだ。 しかしそれは有権者に伝わらなかった。 そして気がついた。 どれほど努力し、よい政策案を持っていても、相手の心に届く術がなければ政治家にはなれない。 逆に中身はなくても、その術さえあれば政治家になれるのだと。

わらしべ長者

 とある世界のおはなし。 貧しい男がいた。働き者だが生活は苦しく、どうにかならないかと悩んでいた。 ある夜、枕元に観音様があらわれ男に告げた。 「明日、家を出てはじめに手にした物を使いなさい。よく考えて使いなさい」 目を覚ました男は『不思議な夢を見たものだ』と思ったが、物は試しに信じてみることにした。 翌朝、男は家を出ると石につまづいて転んでしまった。その拍子に落ちていた 藁 しべ( 藁 の芯)を握っていた。 秋の収穫を終えたばかりなので 藁 しべはあちこちに落ちていて珍しくもない。 しかし観音様の言葉を思い出し、これを手に歩き出した。 しばらく歩いていると、大きなアブが男の顔の周りをブンブンうるさく飛び回る。 あまりにうるさいのでこれを捕まえ、手に持っていた藁しべにくくり付けてやった。 するとアブは逃げようとするが、藁しべに繋がれているため、ブンブン音をたててグルグル回るしかできない。この様子がなかなか面白い。 男は考えた。 「これを欲しがる子供がいるかもしれない。甘い親なら売ってくれと言うかもしれない。そういえば今日は秋祭りの日だ。親の財布もゆるかろう」 そこで男は、アブをくくり付けた藁しべを持って秋祭りに向かった。 秋祭りの場所には、多くの人々が集まっていた。 ブンブン音をたててグルグル回る藁しべに繋がれたアブは人目を引いた。 狙い通りある男の子が『欲しい』と父親にせがみはじめた。父親も仕方がないという顔で、売ってほしいと男に声をかけ、巾着袋から財布を取りだした。 その巾着袋の中に蜜柑がいくつか見えた。 男は考えた。 「これを売ったところで、どうせ小銭にしかならん。それより、今日は秋晴れで喉が渇くので、甘くさっぱりした蜜柑を欲しがる人がいるかもしれない」 そこで男は、アブをくくり付けた藁しべを蜜柑2個と交換した。 秋祭りの場所を離れしばらく歩いていると、道端の木の陰で休んでいる行商人を見つけた。 反物の行商人(旅をしながら物を売り歩く人)らしいが、秋晴れの暑さで疲れて休んでいるそうだ。 こういう時こそ、甘くて酸味のある蜜柑が美味しい。 男が蜜柑と反物を交換しないかと持ち掛けると、行商人は売れ残った反物でよければと応じた。 男は考えた。 「藁しべが反物に変わった。これを店に売ればそこそこの金になるかもしれんが、もとが売れ残りなので買いたたかれるだろう。それよりも

それぞれ

 とある世界のおはなし。 ある男が仕事の途中でラーメン店の前を通りかかり、豚骨の匂いに立ちどまった。 腹はすいていなかったが、無性に食べたくなり店にはいった。 仕方がない。美味しいものにひかれるのは人の習性だ。 ある男が仕事の途中でラーメン店の前を通りかかり、豚骨の匂いに立ちどまった。 腹がすいていたが、豚骨の匂いは苦手なので通りすぎた。 仕方がない。美味しいものでも好みが分かれるのは個性だ。 ある男が配達の途中でラーメン店の前を通りかかり、豚骨の匂いに立ちどまった。 腹がすいていて豚骨ラーメンは好物だが、仕事中なので通りすぎた。 仕方がない。食べたくても感情を抑えるのが理性だ。 ある男が散歩の途中でラーメン店の前を通りかかり、豚骨の匂いに立ちどまった。 腹がすいていて豚骨ラーメンは好物で時間もあったが、食事の時間ではないと通りすぎた。 仕方がない。男は決まった時間に食事をとるのが習慣だ。 それぞれの選択は、その時のそれぞれの正解だ。 仕方がない。