クセの直し方

 とある世界のおはなし。

少年は軍に入り短槍隊に配属された。

この世界の戦争は、弓隊が矢を射かけ敵の動きを止め、その間に長槍隊が横一列に前進して距離を詰め、騎馬隊が突撃して敵の陣形を崩し、短槍隊が接近で仕留める流れになっている。

騎馬隊と短槍隊は敵との距離も近く危険でもあるが、そのぶん花形ともいえた。


そんな短槍隊の中でも、少年が配属された部隊の隊長は小柄で優し気、およそ軍人のイメージからは遠い雰囲気の持ちぬしだった。

訓練こそ他の部隊より厳しいが、いつも隊員を気にかけ、およそ怒ったり怒鳴ったりするところを見たことがない。

その為か先輩隊員たちも気さくな人が多く、少年もすぐ馴染みメキメキ腕をあげ、若手のホープとして期待されるようになった。


そんな少年にはひとつ悪いクセがあった。槍を横に持ってしまうのだ。

槍は使う時以外は縦に持ち、穂先を上に向ける。これは周囲の人に穂先が触れ傷つけないようにするため鉄則だ。

少年も当然理解しており、普段から意識もしている。しかし疲れたり、ふと意識が緩んだ瞬間、つい横に持ってしまう。

隊長から何度も縦に持つよう言われ、先輩たちからも注意される。罰として腕立てやランニングを課せられることもあったが、それでもなかなか直らないまま数ヵ月が過ぎた。


ある日、厳しい訓練を終えヘトヘトになった時、またつい横に槍を持ってしまった。

その途端、いつも優し気な隊長が鬼の形相で駆け寄り少年を殴り飛ばし『いい加減、槍を横に持つことを覚えろ!』と怒鳴った。

少年はもんどりうって地面に転がったが、慌てて立ちあがると槍を縦に持ち謝罪した。

隊長が立ち去ったあと、先輩たちが心配して駆け寄ってきた。口々に『あの隊長を怒らせたのはお前が初めてじゃないか』と冗談を言った。

少年も殴られた痛みより、優しい隊長を怒らせたことがショックだった。

それ以来、槍を手にするたびに隊長の顔がうかび、横に持つことはなくなった。


そして10年の月日が流れた。少年も青年となり、幾多の戦場を生き抜いてきた。

立派な短槍兵としていくつか手柄も立て、副隊長に出世し隊長を補佐していた。

ある日、若手の訓練報告を終えた後、ふと槍を横に持つクセが直らず殴られたことを思い出した。

おかげでクセがなおりましたと礼を言うと、隊長も思いだしてほほ笑んだ。

「あのクセだけは何度言っても直らなかったからな。クセを直すには意識して毎日くりかえすか、それを超える強いショックを与えるかしかない。それを経験したのだから、若手の訓練にも活かせよ」

その言葉に、あれはわざと怒ってみせたのかと思ったが、あえて隊長に確認せず訓練に戻った。



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