慈悲の王

 とある世界のおはなし。

宰相が王のもとを訪れた。

「親愛なる我が君よ、民は賢明なる王の恩恵を受け、喜びに満ちた日々を過ごしております」

王は宰相を睨んだ。

「世辞はいい、問題はなにか」

宰相がこのような言い方をするときは決まって深刻な問題を見つけた時だ。

そのおかげで、これまで何度も問題の芽を摘むことができたのも事実だ。面白くはないが。


王の不機嫌など気にする様子もなく宰相は一枚の書類を差し出した。

「賢明なる王よ、過去20年、年ごとに生まれた子の数をまとめた表です」

ちょうど王位についた頃からだ。王はこれを見て首をかしげた。

「ここ5年、生まれてくる子が減り続けているのか?」

「我が君が王となり、国は他国がうらやむほど豊かで安全な国となりました。その影響で一時は子も多く生まれましたが、今は減少に転じています」

王は眉間にしわをよせた。

「民の数は増え続けていると聞いていたが?」

「我が君の慈悲により各地に病院を増やしたのが15年前。それ以後、不意の死に至る者が減り、民の寿命は大幅に伸びました。これが民が増え続けている要因と思われますが、一方で生まれてくる子の数は減っています」

王は黙って爪を噛み始めた。考え事をする時の癖だが、宰相は身じろぎもせず待った。


「して、原因は何か?」

宰相は首を振った。

「いくつか仮説を立て調べていますが、まだ特定できていません。しかし生まれてくる子が減っているのは数字が証明しています」

また王は黙って爪を噛み始めたが、それほど間を置かずに口を開いた。

「民が長生きするのは良いことだが、いつか寿命は迎える。20年後か、30年後かは分からんが、どこかで民の数が減り始めるということか」

「賢明なる王よ、おっしゃる通りです」

こう宰相が答えるときは、考えのベクトルは間違っていない。

また王は爪を噛んだ。結果はすぐに出たが、自分ばかり答えず宰相の考えが知りたかった。

「民が減ると国力が低下する。国力が低下すとどうなるか、具体的に述べよ」

宰相は静かにうなずいた。

「今のままだと全体数が減る前に、若い世代の絶対数が減ります。年寄の寿命は延び、若者は減るのですから、全体数は増えても若者の比率は減ります。それはまず、経済に影響をおよぼすでしょう」

「経済に影響が…」

「はい、経済に影響が及ぶと民は貧しくなります。結果、税収が減り国も貧しくなります。そして国防もままならなくなり、民の生命と財産を守ることも難しくなります」

「つまり国を守るための金もなくなる…だからといって税率を上げると民はますます貧しくなる…」

「さすがは賢明なる王。おっしゃる通りです」

王はまた爪を噛み始めた。


「そもそも若者減少と経済減退の因果関係はなにか?」

「経済成長には大きく二つの方法があります。内需拡大と外貨獲得です」

「それはお前から何度も聞かされてきた。内需拡大のためには国内の通貨量を増やし、民や商人の売り買いや貸し借りを増やすこと」

宰相は大きくうなずいた。

「外貨獲得には、産業を発展させ他国に物を売ることで、我が国に金が流れ込むよううにすればよい」

宰相はさらに大きくうなずいた。

「まず内需の問題です。若者は食べたい物、欲しい物も多く、お洒落で服も頻繁に買い換えます。また遊びたい気持ちも強く、好奇心も旺盛であちこちに出かけます。恋人ができれば贈り物をし、結婚すれば祝いの宴を催し、子が生まれれば養育費、家族が増えれば家を建てようとします」

「…」

「しかし老人の多くは、食べる量、欲しい物も減り、服は着れなくなるまで着る。遊びたくても体力が続かず、出かけることも異性への興味も減ります。結婚も子育ても終わっており、今更家を建てようとも思いません。増えるのは医者代くらいでしょうか」

「…つまり内需拡大、売り買いや貸し借りを増やすことが難しいと。では産業を今以上に発展させて外貨獲得は?」

宰相は首を振った。

「それも難しいかと。今、我が国で物を造り、他国に売ることで利益を上げています。しかしこれが儲かると分かれば他国も真似て造ります。この兆候はすでに出ています。そして自国で造れるようになれば、あえて我が国から買う必要はありません」

「…」

「これを防ぐには常に一歩先、より新しい物を生み出し続けることです。しかしその源泉は、新しい物への好奇心と失敗しても挑み続ける体力です。これは若者の特権です」

「…年寄でも好奇心が強く体力のある者もおるだろ」

「その通りですが、問題は絶対数です。同じ数の若者と老人がいれば、そのうち好奇心と体力を持ち合わせている数は若者が多くなります。成功する確率も大きくなります」

王は爪を噛みながらつぶやいた。

「各地の神官に金を配り、子を多く生む者は天国に行けると免罪符でも出させるか…」
「そのような形で民を誘導するのは賛成しかねます」
王はムッと顔を上げた。
「ただの冗談だ! 相変わらずつまらん奴だ」
しかし王の爪噛みは止まらなかった。宰相は身じろぎもせず時を待った。


「最近、他国から移住する者が増えていると聞く。我が国で働き稼ごうというのだから、若く体力もあり挑戦する気持ちも強いのだろう。いっそ積極的に移住者を受け入れるか…」
「私もはじめに考えました。商人は取引相手と働き手を確保できるので喜ぶでしょうが、移住者の全てが善人ではありません」
「…」
「文化や習慣、言語、宗教の違いから、一定の割合で馴染まぬ者もでます。その者たちが問題を起こす可能性も高く、その数が増えれば徒党を組んで混乱を起こす確率も高くなりましょう。急激に数を増やすと、民も不安になり委縮するでしょう」
王はまた爪を噛み始めたが、ほどなくして大きく息を吐いた。
「お前の望む案は出せそうにない。聞こう」
いつも答えを用意してから進言するくせに、王を降伏させる宰相を苦々しく思いつつ問うた。


「慈悲深き我が君よ。世界には災害や戦争、疫病、貧困から身寄りのない幼子が多くおり、王は常に心を痛めております。であれば、この幼子らを我が国で引き取り、我が国の子として養育してはいかがかと思います」
「…幼子を我が国で引き取り養育する……氏より育ち…」
王はハッと顔を上げた。
「幼子を輸入しろと!」
宰相はニヤリと笑いながら首を振った。
「御考え違いなさらぬよう。他国の身寄りのない不幸な幼子たちを、王の慈悲により救うのです」
戸惑う王をしり目に宰相はつづけた。
「放っておけば見殺しにされる幼子たちです。人道支援のもと、安全な我が国で引き取り育てることに何の問題がありましょうか」
「…しかし…その国は納得するのか…」
「豊かな我が国に協力や助けを求める国は多くあります。経済支援のついでに人道支援も申し出れば、納得せざるを得ないでしょう」
王は嫌な予感がして、またイライラと爪を噛み始めた。

「…しかし…しかし他国の幼子を受け入れても、言葉の違いなどでまともに養育できるかどうか…」
「5歳未満に限定すればよろしい。幼いほど言葉や習慣の習得は早いものです」
「…我が国にも身寄りのない幼子はいる。それを差し置いて他国の幼子を…」
「一緒に養育すればよろしゅうございます。我が国の子も、肌や髪の色に左右されない大らかな者に育つでしょう」
「…しかし…せっかく育てても、大人になり自国に戻れば無駄ではないか…」
「幼いころの悲しい経験を持つ幼子ですから、自国に対する思い入れも薄いでしょう。仮に戻ったとしても、我が国との懸け橋となれば喜ばしいことです」
「…しかし…どこで養育するつもりか…」
待ってましたとばかりに、宰相は別の資料を取り出した。それは我が国の地図だが、あちこちに赤いチックが入っている。
王は大きく目を見開いた。王家が各地に所有する宮廷だ。
「まず数ある王家の宮廷を孤児院に改装します。敷地も広く部屋数も十分あるので、土地買収や新築の費用が抑えられます」
王はワナワナと震え始めた。

「やはりか! いつもそうだ!! お前いはなにかと王家の富を削ろうとする!!!」
「新しい事を起こすには何かしらの投資が必要です。幼子が成長して納税し、さらに子を産み民が増えるのであれば、宮廷の10や20はいつでも取り戻せます」
王は地図の一ヵ所でカッと目を見開いた。
「こっ、こっ、こっ、ここは、亡き母上と過ごした宮廷!!!!」
「そうでした、我が君と母君の思い出の宮廷。それが幼子たちの思い出の場になれば、天国の母君もさぞお喜びになるでしょう」
「貴様、正気か!!!」
「ご許可いただければ、まずこの宮廷から改装いたします。母君との思い出の宮廷を幼子たちのために開放する王の御心に、民も感動するでしょう。まず始めのインパクトは大切なので、大々的に宣伝させていただきます」
「!!!!!」
王は仁王立ちで宰相を睨みつけた。しかしまるで意に介さずといった風だ。

睨みあいは続いたが、結局、王が折れた。
「…して…その後は…」
「施設ができても維持は別問題です。これは増税せざるを得ませんが、『母君との思い出の宮廷』を提供した王の慈悲深さに感動しているうちは、民も受け入れるでしょう」
「…各宮廷には、これまで王家が保存してきた美術品もある。孤児院に保管するわけにはいかんだろ」
「であれば美術館に集め展示しましょう。その入場料を養育費にまわせば、増税額を抑えられます」
「…クソ悪党め…」
王が吐き捨てると、宰相はことさら大袈裟に姿勢を正した。
「私は常に我が君と、我が国と、民と世界を憂う者だと自負しております」
王はまた爪噛みをはじめた。
「…少し考えさせろ」
宰相は一例するとその場を後にした。


それから数ヶ月後、宰相は綿密な計画書を王に提出した。
そして『世界中の身寄りのない幼子を我が国が救う』と、王の名のもとに発令された。


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