三方一様に得

  とある世界のおはなし。

 山あいに小さな村があった。実は忍者の里で、殿様から命令が下れば村人たちは忍者となって働いた。

 村人たちもそれに誇りをもって日々研鑽を怠らなかった。

 その村の村長である忍者の頭領は、先代から後を継いだばかりの長身でひょろりとした、どうにも頼りなげな男だった。


 その頭領のもとに忍者の亀助が怒鳴りこんできた。

「頭領! よその忍者を雇ったとの噂は誠ですかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 頭領はその迫力に面食らったが、気をとりなおして『今回の任務は危なそうだから、お前たちに何かあったら困るだろ』と答えた。

 亀助は『忍者の仕事に危険はつきものです!』『忍者が忍者を雇うなど恥ずかしい!!』『頭領には忍者の誇りはないのですか!』と大声でまくし立てた。

 そして自分がその任務を果たす、よその忍など必要ない、と頭領が止めるのも聞かず出ていってしまった。

 その任務というのが、近国の領主の暗殺だった。しかしこの領主、とにかく用心深いことで有名で、そうそう成功するとは思えない任務だった。

 頭領はどうしたものかと秋の空を見あげた。


 それから数日たった夜、亀助は近国領主の城にいた。

 ちょうど収穫の時期で城に年貢が運ばれてくる。その荷にまぎれて忍び込み、日が暮れて動き出したのだ。

 黒装束が溶ける暗い夜だ。物陰にひそみ周囲をうかがった。まず領主がどこにいるか探さなければならない。

「亀助さ~ん」

 ふいに背後から声をかけられ、亀助は飛び上がるほど驚いた。振り向くとヘラヘラした忍者少女がいた。

「頭領の命令で、ひと月ほど前からこの城に女中として潜入してます~。亀助さんが来たらご案内するよう仰せつかってます~。よろしくお願いします~」

 亀助は頭領の心使いに泣きそうになったが、今はその時ではないとグッとこらえ、先を行く少女の後を追った。

 少女は『内緒ですよ~』と云いながら三ノ門、二ノ門をこえる秘密の抜け道をくぐった。

 あまりに無造作に進むので亀助はあわてたが『見回りが交代時間だから誰もいませんよ~』と気にする様子もない。その言葉通り何ごともなく本丸近くまでたどり着いた。

 しかし亀助は気づいていなかった。時おり少女から笑みが消え、背後に鋭い視線を送っていたことを。


 さて、本丸付近まで来ると館の前に屈強な兵がいる。これを避けて入るのも容易ではない。

 すると少女は館の裏にまわりこんだ。

「実は誰も気づいていませんが、この上の屋根瓦が外れかかってるんですよ~。それ外して天井裏に入れば、簡単に領主様の寝床に行けますよ~」

 亀助は嬉しくて少女を抱きしめようとしたがあっさりかわされ『あとは宜しくお願いします~』とあっさり立ち去ってしまった。

 敵の中心地で1人になり、亀助は急に不安になった。しかしこれほどの好機はないと気持ちを奮い立たせ、静かに忍び込んだ。

 狭い天井裏を亀のようにゆっくり進んだ。ここでバレては全てが終わる。静かにそっと領主の寝床を探す。

 そしてついに立派な部屋の天井裏にたどりつき、上等な布団で寝ている男を見つけた。

 こいつが領主で間違いない!

 亀助は音もなく天井から降り立つと刀をソロリと抜いた。

 領主のいびきが聞こえる、大丈夫だ。

 そっと静かに近づき刀をそっと振り上げると全身から汗が溢れてきた。ひと呼吸ととのえ、渾身の力で振り下ろした!


 亀助は来た時とは逆に門を抜け、城からの脱出を急いだ。

 生きて帰って報告するまでが忍の勤め。見つからぬよう細心の注意を払いつつも心は急いた。

 ふいに見回りの兵と鉢合わせになった。

「曲者だ出会え! 出会え!!」

 亀助は見つかり、城内は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。身を隠すより急いでこの場から離れることが大事だ。亀助は必死で走った。

 背後から止まれとの声が飛ぶが止まるわけがない。さらに弓矢も飛んできたが、当たらいようジグザクに走った。

 それでも徐々に追い詰められ『これまでか』というところで、亀助はなんとか城のいちばん外側にある水堀にたどり着いた。

 亀助の名はダテではない。泳ぎは得意だ。水に入れば逃げ切る自信がある。ためらうことなく飛び込むとスイスイ泳ぎ、あっという間に向こう側までたどり着いた。

 ふりかえると、兵たちはまだ水堀の向うで騒いでいる。亀助はほっと胸をなでおろし、夜の闇へと走り去った。


 さて少し時をもどす。亀助が城兵に見つかったころ、本丸周辺を守る兵たちも大騒ぎとなっていた。

 それをあの少女が物陰からジッとうかがっていた。刃のように鋭く冷たい目で。

 他の者より明らかに身分が高そうな老武士がやってきた。少女はニヤリと笑いその場から消えた。背後の闇をジッとうかがった後に。

 老武士は一直線に領主の寝床に入った。そこには無残な亡骸と、それを取り囲みオロオロする城兵がいた。『誰にも言うな』と命じ城兵たちを部屋から追い出すと、奥にある掛け軸をめくる。裏から隠し通路が現れた。

 狭い通路を進むとさらに部屋があり、先ほどの亡骸とそっくりの男が布団から身を起こしている。その両脇には屈強な若武者も控えている。

「何ごとか?」

 老武士は安堵の表情を浮かべ、曲者が入り影武者が撃たれたことを報告したが、それが終わらぬうちに若武者が刀を抜いた。

 暗い隠し通路からあの少女が、刀を手にヌルリと姿を現した。

「何者!?」

 少女が弾かれる。

 若武者たちも迎え撃つ。

 少女がクルリと舞うと若武者たちは声もなく倒れた。

 老武士も応戦しようとしたが腰の刀に触れることもできず倒れた。

 一瞬のこだった。

 領主らしき男が青ざめた顔で『どこの手の者か?』と問うが、少女は答えず無慈悲に刀を振るった。


 少女は城内の騒ぎをあとに城を出て森に入った。

 月の光もとどかぬ闇を、昼の風のように駆けた。

 時おり背後を振り返り、方向を変えながら、半刻ほど駆け続けた。

 ふいに足を止めると、背後の闇を冷たい眼で見つめた。

「いいかげんに出てきたらどうだ」

 すると長身でひょろりとした忍者が姿をあらわした。亀助の頭領だ。

「このあたりの闇には霞が潜むと聞いていたが、まさか頭領とはな。満足したか?」

 少女がそう問いかけると、頭領はニヤリと笑った。

「打ち取ったか?」

 少女は『見ていたくせに』とつぶやき、懐から短刀をとりだしてほおった。

「奴の愛刀だ。なんなら名(めい)を確認しろ」

 頭領は短刀を拾い懐にしまうと巾着をとりだし少女にほおった。中には金が入っている。

 少女は警戒しながら中を確認すると怪訝な顔をした。

「少し多い」

「オレの気持ちだ。今後は仲良くしたいのでね」

 少女はフフンと鼻をならし『お互いさまだ』と闇の中に消えた。

 頭領もいつの間にかいなくなっていた。


 数日後、頭領は正装で殿様の前にいた。殿様はあの短刀をしげしげと眺めている。

「噂の忍びとはそれほどの使い手か…」

「はい、もし殿が狙われたなら、わたくしも守りきると確約はできませぬ。ただ、あの手の者は受けた仕事を必ずこなします。なので、あえて高額で数年がかりの仕事を依頼すれば、その間は殿が狙われることもないかと」

 殿様は『まかせる』と小さくうなずいた。そして急にいたずらっぽく笑った。

「ところで、亀助とやらは無事か?」

 頭領はバツが悪そうに『はぁ…』と苦笑いをかえした。


 ちょうどそのころ、亀助は家の囲炉裏の前で布団にくるまっていた。

「ヘックション、誰か噂をしているのか……へへへ」

 無事に逃げ切れたとはいえ、さすがに泳ぐには寒かった。風邪をひいてしまったが、それでも一世一代の大仕事をやってのけた喜びで笑いがとまらない。

 そこに仲間たちが酒を手にドカドカはいってきた。『亀助、大手柄ではないか』『周辺国でも、あの領主が討たれて大騒ぎだぞ』『お前すげ~奴だ、俺たちの誇りだ』と口々に褒めたたえた。

 そして翌朝まで宴会となり、亀助はよけいに風邪をこじらせた。


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