貧乏幽霊

 とある世界のおはなし。

 どうにも上手くいかない男がいた。仕事もクビになり、貯金もなく、頼れる者もいない。このままでは家賃も払えずアパートを追いだされてしまう。

 明日からどうしようと悩んでいると、押し入れから妙な気配を感じた。

 開けてみると何ともみすぼらしい奴がいた。『貧乏神!』と思ったが『ただの幽霊です』らしい。

 男の前の前のそのまた前の住人のころからいたが、気づかれたのは初めてで、誰も気づいてくれないので供養されることもなく、成仏できずここにいると。

 そこで男が『オレが祈れば成仏するのか?』と聞くと、祈りを重ね幽霊が満たされれば成仏できるらしい。たまにお供え物をしくれると嬉しくて満足しやすいとか。

 これも何かの縁だとは思ったが、自分が食べるものもない。それを幽霊に伝えると、フイと姿を消してしまった。

 幽霊にも見捨てられたかと思い、男はそのまま寝ることにした。


 その夜、男の枕元にあの幽霊が現れた。とある料理店が店員を探している。店長の腕はいいのだが給料が安いので人手がたりない。今なら雇ってくれるだろうと告げ姿を消した。

 翌日、男は幽霊にいわれた料理店にいくと、すぐに雇ってくれた。

 古ぼけた小さな店でぱっとしないが、愛想のいい店長で客もいる。ただ『美味しいものを安くだしたい』と儲けが少ない。だから給料も安かった。しかし毎日まかないをだしてもらえるので、食事の心配はしなくてすんだ。

 幽霊のおかげでなんとか生活できるようになったので、男は美味しいものでもお供えしようと買って帰ると『あっちのスーパーのほうが安い』『夕方は賞味期限が近いもが安くなるからそれを買え』『あそこの店長は3回値切ると値引きする』と貧乏くさいことをいってくる。

 せっかくお供えをと喧嘩になったが、しだいに安く買う知恵はついていった。


 料理店で働きはじめてしばらく、仕入れを任されるようになった。さっそく幽霊に相談すると安い仕入れ先を教えてくれた。

 これまでより仕入れが安くですむので儲けが増え、よろこんだ店長は男の給料を上げることにした。

 男も嬉しくて幽霊に報告したが『たまたま私が知っていただけだ』『お前の実力ではない』『分不相応な金は身を亡ぼす』と反対する。それではお互いいつまでも貧乏だと喧嘩になったが、翌日、店長に給料は上げなくていいと告げた。

 すると店長は『なにかの役にたつかもしれない』と時間があれば男を厨房によび料理を教えるようになった。

 しばらくたつと男も一人前に料理できるようになり、今までよりも多くのお客さんを入れられるようになった。2人が交代で休めば毎日店も開けられる。

 おかげで料理店はさらに儲かり、いつしか男は副店長となった。


 副店長にもなると、たまの贅沢くらいはできるようになった。そこで高級なものをお供えすると、幽霊は『肉はもっとパサパサしたものが好きだ』『そんなモチモチしたパンは喉につかえる』『酒は苦手だ、水道水でいい』とあいかわらず貧乏くさいことをいう。

 けっきょく安い物を探してお供えすることになるので、自分だけ贅沢もできず質素な生活を送った。

 それが10年も続いた。

 店も繁盛し、男もそれなりに稼ぐようになったが、使わないのでお金は貯まる一方。

 それを幽霊に相談すると『試しに投資してみろ』『あそこの株はやめておけ』『ここは社長が変わって買いだ』と言ってきた。

 もしかして投資に詳しかったのかと聞くと、幽霊はまったく知らないと。

 ただ、各社の社長についている背後霊が、賢い奴か愚か者か、慈愛に満ちているか意地汚いかは分かるらしい。良さげな背後霊がいる社長の会社を教えただけと。

 よくわからないが貯金のつもりで少し投資すると、これが大当たりで見たこともない大金が舞い込んできた。


 男は嬉しくて幽霊になにか礼をしたいと思うが、相変わらずお金をかけたものを嫌がるだろう。

 なんとか報いたいと悩み、幽霊本人に相談すると「そうやって思ってくれることが一番の供養だ」とほほ笑みながら成仏してしまった。

 男は急にひとりになった。

 寂しさを紛らわすため仕事にうちこんだ。

 投資で得たお金も使うあてがないので、店長に相談し店を大きくする資金に使った。

 気がつくと店は2号店、3号店と増え、男も偉くなりお金持ちとなっていた。


 だが相変わらずの質素な暮らしで、ときおり幽霊を思いだしてはお供えした。そのため仕事の合間をぬっては安売りの時間にスーパーをまわった。




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