ヘクサの娘

 とある世界のおはなし。

 小さな村に娘がいた。美しく、優しく、働きものだが、年ごろになっても言い寄る者がいない。

 なぜなら娘の屁が殺人的に臭かったからだ。村の人々はそれを恐れ、だれも近寄らなかったから。

 ある日、西の村の青年が通りかかった。青年はひとめで娘を気に入り、ぜひ嫁に迎えたいと言った。

 小さな村の人々は止めたが、青年は「屁は臭いものと決まっている」と笑い、娘を西の村に連れかえった。


 娘は笑顔をたやさずよく働いた。青年の両親も「良い嫁が来てくれた」と喜んだ。しかし数日たつと顔色がさえなくなった。

 心配した青年が聞くと「屁を我慢してお腹が痛いのです」と恥ずかしそうに答えた。青年は「屁はこいてあたりまえだ」と笑い、無理をするなと娘を諭した。

 そこで娘は少しだけプイと放屁した。

 するとあまりの臭さに青年は意識を失いひっくり返ってしまった。

 しばらくして目覚めた青年に娘は泣いて謝った。青年は笑って許したが、両親は「こんな危ない娘は置いておけない」と離縁することになった。


 娘を小さな村に帰すため、2人は泣く泣く山道を歩いた。

 そこに大きな熊があらわれた。

 青年は食われるものと覚悟したが、娘は熊にペロリと尻をむけるとプリリと放屁した。

 するとあまりの臭さに熊は意識を失いひっくり返ってしまった。

 青年は命の恩人を離縁になどできないと連れ帰り、両親を説得した。ことのいきさつを知った両親も納得し、離縁は取り消された。

 それから時々、青年は娘を山につれていき放屁させた。おかげで娘の体調もよく、さらにその屁で意識を失った山の獣が狩れるので、家は次第に豊になっていった。

 西の村の人々は「あの家の嫁は美しく、優しく、働きもので、狩りまで上手らしい」と羨んだ。

 娘は嬉しいやら恥ずかしいやら、とにかく幸せに暮らした。


 しばらくたったある年のこと、西の村は盗賊団に襲われた。

 村を守るため男たちは武器を手に戦った。女と子どもは村長の家に避難した。

 娘も避難したが、みんなで肩を寄せあう日が続くと、屁をひれず徐々に体調が悪くなっていった。

 そしてついに我慢できず、少しだけプイと放屁した。

 するとあまりの臭さに避難していた人々が意識を失いひっくり返ってしまった。

 しばらくして目覚めた人々に娘は泣いて謝った。しかし人々は「こんな危ない娘は置いておけない」と村長の家を追い出されてた。

 娘は行き場を失い、しかたなく裏山に身を隠すことにした。そこで周囲に人がいないことを確認し、腹に溜まった残りの屁をプリプリリと放屁した。

 するとこっそり村を襲おうとしていた盗賊団が、あまりの臭さに意識を失いひっくり返ってしまった。

 おかげで盗賊団は捕まり、村に平和が戻った。村の人々も喜び、娘を「救いの屁」と称えた。

 娘は嬉しいやら恥ずかしいやら、とにかく今までどおり幸せに暮らした。


 それからまたしばらくたったある年、西の村よりさらに西のほうで蝗害(こうがい:バッタ等の大量発生による災害)がおきたと噂がたった。

 もしこの国にやってきたら、草や木や畑、家々まですべて食べつくされてしまう。これを食い止めるには、蝗害もろともすべてを焼き尽くすしかなかった。

 王様は心を痛めたが、西の村を焼きそこで止めるため軍隊を送った。

 村人たちは勘弁してほしいと哀願した。兵たちは村人を哀れみながらも、それ以外に国を守る手がないと準備した。

 ある村人が思いついた。盗賊団をも撃退した「救いの屁」で蝗害を退治できるのではと。

 兵たちはバカなと笑った。娘もさすがに無理だと思った。だが村人たちの藁にもすがる思いだった。

 娘はその日から屁を我慢し、臭い食べものを食べ続けた。

 腹はみるみるふくれ、顔色も悪くなっていったが、娘は必死に屁を貯めつづけた。


 ついに蝗害がやってきた。重い黒雲が空を覆うさまに誰もが恐怖した。

 屁を貯めすぎた娘は苦痛で歩くこともできない。村人は娘を神輿に乗せエッサホイサと小高い丘の上へと運んだ。

 蝗害はもう眼の前まで迫っている。娘は最後の力を振り絞り、空にペロリと尻をむけるとブリブリリリプリリリリリリリリと放屁した。

 村人も、兵たちも、奇跡を見た。

 空を覆いつくししたの黒雲は切り裂かれ、まばゆい青空の道があらわれた。

 それはまたたくまに広がり、いつしか蝗害は跡形もなく散って消えた。

 村も国も助かった。村人も兵たちも歓喜した。


 この偉業は王の耳にもとどき「まさに神の屁」と惜しみない賛辞を贈った。

 国中から賞賛され、使いきれぬほどの褒美をもらい、「ヘクサの称号」と「自由放屁の免状」を与えられた。

 娘は嬉しいやら恥ずかしいやら、とにかく一生幸せに暮らしましたとさ。


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