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6月, 2024の投稿を表示しています

賛成する人を探す人

 とある世界のおはなし。 オフィス街の片隅に無口な大将の居酒屋があった。 カウンターしかない小さな居酒屋だが、常連客も多くけっこう繁盛していた。 ある日、20代らしき男女が訪れた。 カウンターの端に座り、まずはのビールを注文した後、女のほうが「彼氏ができた」と話しはじめた。 男友達は「それはおめでとう」と嬉しそうに祝福したが、彼氏の名前を聞いて表情が曇った。 女はそれに気づかないのか、新しい彼氏がどれほど素晴らしいか話し続ける。 たまりかねた男友達は「あいつはよせ」と話を止め、その彼氏を以前から知っているが、どれほどひどい奴か見聞きしてきたことを語った。 しかし女は「そんなことはない」「私には違う」と反発する。男友達はなんとか説得を試み、次第に雰囲気も悪くなり、女は黙ってうつむいてしまった。 それからあまり時間もたたないうちに二人とも帰ってしまった。 それから数日後、女は別の女友達と来店した。 前回と同じようにカウンターの端に座り、女のほうが「彼氏ができた」と話しはじめた。 女友達も「やったー、おめでとう」と嬉しそうに祝福したが、彼氏の名前を聞いて表情が曇った。 女はそれに気づかないかのように、新しい彼氏がどれほど素晴らしいか話し続ける。 たまりかねた女友達は「その人はやめたほうがいい」と話を止め、その彼氏を以前から知っているが、どれほどひどい奴か見聞きしてきたことを語った。 しかし女は「そんなことはない」「私には違う」と反発する。女友達はなんとか説得を試み、次第に雰囲気も悪くなり、女は黙ってうつむいてしまった。 それからあまり時間もたたないうちに二人とも帰ってしまった。 さらに数日後、女は別の男友達と、また数日後、さらに別の女友達と訪れた。 そしてカウンターの端に座り「彼氏ができた」と話しはじめた。 どの友達もはじめは嬉しそうに祝福するが、彼氏の名前を聞くと表情が曇る。 そして彼氏との付き合いを止めようとするが、女は黙ってうつむいてしまい、あまり時間もたたないうちに帰ってしまう。 だがその数日後に来た別の女友達は違った。 いつものようにカンターの端に座り「彼氏ができた」と聞いて祝福するのは同じだが、彼氏の名前を聞いても「イケメンだね」「優しそうでいいな~」と調子を合わせる。 女もこれまでとは違い嬉しそうに彼氏がいかにいい人かを話続けた。 しばらくして女友達がトイレ

お金の好きな王、子供の好きな王

  とある世界のおはなし。 お金の好きな王様がいました。城の中に貯められたお金を眺めて、いつも嬉しそうに笑っていました。 そしてもっと貯めたくて、なにかと理由をつけて民からお金を取り立てます。 道をつくるからと税を取り、耕作地を広げるからと税を取り、城をなおすからと税を取りました。   でも道をつくり終わっても、別の道をつくるからと税を取り続けます。 耕作地を広げ終わっても、別の耕作地を広げるからと税を取り続けます。 城をなおし終わっても、別の場所をなおすからと税を取り続けます。 それどころか、また別の理由で新しい税を取り立てます。おかげで民は、どんなに働いてもほとんど税で取られてしまいます。   これでは勤勉で働き者の民たちも疲れてしまい、どんどん国を捨てて逃げてしまいました。 おかげで民は減っていき、王に納められる税も少なくなっていきます。 「民が減ってはお金が貯まらないではないか! もっと民を増やさねば」 そこで外国から人を呼び込めば民が増えると考えました。外国から人が来やすいように、3年間は無税にしました。 その費用を賄うため、また新たな税を取り立てました。   おかげでさらに民は逃げ出し、どんどん人は減ります。 また外国から来た人たちも、無税の期間が終われば国に帰っていきました。 結局、この国は民が減り、税を納める人がいなくなり、王様は貧しくなってしまいました。   一方、逃げ出した民が移り住んだ先の王は、とにかく子供が好きな王でした。子供たちが幸せに暮らせるよう考えていました。 親も子育てで働けないだろうと、国庫を開き援助しました。おかげで親たちは安心して子育てできます。 だからどんどん子供が増えていきました。   10年後、20年後、その子供たちも大人になり、一生懸命働きます。ひとりひとりが納める税はわずかでも、たくさんの人が納めればたくさんのお金になります。 また若い人ほどよく働き、よく買い物もするので、国全体が活気のある豊かな国になっていきました。 王は増えた税収をまた子供たちのために使い、また人が増え、豊かになり、気が付けば周辺でいちばん大きな国となっていました。

スマホ投票

 とある世界のおはなし。 若きIT起業家は考えた。 「選挙の投票をスマホからできれば若い人の投票率が上がる!」 さっそく試作アプリの開発をはじめた。 成りすましでの投票を防ぐため、マイナンバーと生年月日を利用しようと考えた。 投票した結果を役所の住民データと照合すれば、投票権を持つ人の判別もでき、集計も瞬く間に終わり予算削減にもつながる。 これは一石二鳥だと考えた。 若きIT起業家はこれを地域の選挙管理委員会に売り込んだ。 担当者は提案をひととおり聞き呟いた。 「同じ人が何度も投票できちゃうじゃない」 「2回投票できないようロックできますし、最後の投票を有効にするルール設定もできます」 「スマホの画面の名前だけで投票するって、正しく選べるとは思えないな」 「候補者の名前とサイトをリンクすれば、その場でどういう人かも確認でき、よりよい選択ができます」 「サイト? リンク?? まあしかし、若い人が投票するかね」 「投票所に行かなくてもよいので投票率は上がると思います。もし投票した人にマイナポイント等を付与すれば、より高い効果が期待できます」 「マイナポイントは私の管轄じゃないから…まあしかし、マイナンバーを使うって適当に入力して当たったらどうするの」 「マイナンバーは12桁1兆パターンあります。これに誕生日の月日365パターンを組み合わせれば、365兆パターンとなり『適当』は無視できる確率です」 「そうは言ってもねえ…そういえばスマホ投票で個人情報が漏洩したら大変だよ」 「投票結果はクラウド上に保管されますが、マイナンバー12桁と誕生年月4桁の組み合わせで個人を特定することは不可能です。この投票データをコピーし、ネットと切り離された役所内で住民データと照合し、投票結果を集計すれば問題ありません」 「しかしね、それでも漏洩したらどうするんだ」 「365兆パターンから個人を特定するなど、そもそも個人情報が漏れていなければ不可能です。なので住民データが漏洩していないかげりありえません」 「それでも、それでもだよ、漏洩したらどうするんだ」 「それは事前に漏洩があったことが前提です。事前に漏洩していたことが大問題です」 「しかし人がやることだから……そうだ! これ誰が誰に投票したかわかっちゃうんじゃない。そんなことできるとマスコミが黙ってないよ」 「それはコンプライアンスの問題で

貧しい村

 とある世界のおはなし。 中央から離れた貧しい村があった。日々どうにか暮らしていたが、およそ娯楽や贅沢とは縁遠い村だった。 どの家もお金はなく、なにかあればたちまち食べる物にも困る状態だった。 その為、困っている家があると『明日は我が身』と村人たちは助けあった。 なにか不足している家があれば、皆で持ち寄り貸し与えた。子どもは村人全員で育てた。病気や年老いて働けない者がいれば当番を決め世話をした。 おかげで村人たちには『何かあっても皆が助けてくれる』という安心感はあり、人々は不安なく明るく、そんな大人たちのした子どもたちも笑っていた。 ある男が村を出て中央へと移り住んだ。 継がせる財産がない家では、子供が村を出て生計を立てるのはよくあることだった。 それから月日が流れ、男は中央で成功し帰省した。幼いころ面倒を見てくれた村の人々にも多くの土産を持って帰った。 村人たちは『立派になった』『村の誇りだ』と口々に褒めたたえ喜んだ。 喜んでもらうと男も嬉しくなる。さらに仕事に精を出し、成功し、土産を持っては帰省するようになった。 以前の男のように、村を出る若者がいれば中央で住む場所や働く先を世話した。 中央の役人に働きかけ、村に新しい道を引いたり、病院を建てたりもした。 私財を投げうち工場を建て、若者が村を離れなくても働ける場所を造った。 村の生活は格段に豊かになり、人々は『まるで天子様だ』と男に感謝した。 生活が豊かになると、村人たちは多少の貯えもつくれるようになった。 お金を貯め、必要な物や欲しい物を買うようになった。 するとされに別の欲しくなり、それが次のやる気となり、さらに稼ごうと働いた。 おかげでますます豊かになり、いつしか男の手を離れ自力で発展していったが、忙しさのあまり、徐々に周囲の人を気にしなくもなっていた。 その後も村は発展し続け、すでに多くの村人が必要な物、欲しい物を手に入れていた。 各家で持っている物の差はほとんどなく、以前んのように貸し借りをすることもなくなっていた。 それでも『何かあったら』と人々はお金を貯めつづけ、いつしか貯めるために働くようになっていた。 気が付くと村人たちは『あの家は稼いでいる』『この家は貯め込んでいる』と噂するようになっていた。 一所懸命に働いているのに陰で噂されると気分が悪くなる。噂された家は徐々に距離をおくようになる。 する

クセの直し方

 とある世界のおはなし。 少年は軍に入り短槍隊に配属された。 この世界の戦争は、弓隊が矢を射かけ敵の動きを止め、その間に長槍隊が横一列に前進して距離を詰め、騎馬隊が突撃して敵の陣形を崩し、短槍隊が接近で仕留める流れになっている。 騎馬隊と短槍隊は敵との距離も近く危険でもあるが、そのぶん花形ともいえた。 そんな短槍隊の中でも、少年が配属された部隊の隊長は小柄で優し気、およそ軍人のイメージからは遠い雰囲気の持ちぬしだった。 訓練こそ他の部隊より厳しいが、いつも隊員を気にかけ、およそ怒ったり怒鳴ったりするところを見たことがない。 その為か先輩隊員たちも気さくな人が多く、少年もすぐ馴染みメキメキ腕をあげ、若手のホープとして期待されるようになった。 そんな少年にはひとつ悪いクセがあった。槍を横に持ってしまうのだ。 槍は使う時以外は縦に持ち、穂先を上に向ける。これは周囲の人に穂先が触れ傷つけないようにするため鉄則だ。 少年も当然理解しており、普段から意識もしている。しかし疲れたり、ふと意識が緩んだ瞬間、つい横に持ってしまう。 隊長から何度も縦に持つよう言われ、先輩たちからも注意される。罰として腕立てやランニングを課せられることもあったが、それでもなかなか直らないまま数ヵ月が過ぎた。 ある日、厳しい訓練を終えヘトヘトになった時、またつい横に槍を持ってしまった。 その途端、いつも優し気な隊長が鬼の形相で駆け寄り少年を殴り飛ばし『いい加減、槍を横に持つことを覚えろ!』と怒鳴った。 少年はもんどりうって地面に転がったが、慌てて立ちあがると槍を縦に持ち謝罪した。 隊長が立ち去ったあと、先輩たちが心配して駆け寄ってきた。口々に『あの隊長を怒らせたのはお前が初めてじゃないか』と冗談を言った。 少年も殴られた痛みより、優しい隊長を怒らせたことがショックだった。 それ以来、槍を手にするたびに隊長の顔がうかび、横に持つことはなくなった。 そして10年の月日が流れた。少年も青年となり、幾多の戦場を生き抜いてきた。 立派な短槍兵としていくつか手柄も立て、副隊長に出世し隊長を補佐していた。 ある日、若手の訓練報告を終えた後、ふと槍を横に持つクセが直らず殴られたことを思い出した。 おかげでクセがなおりましたと礼を言うと、隊長も思いだしてほほ笑んだ。 「あのクセだけは何度言っても直らなかったからな。クセを直