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5月, 2024の投稿を表示しています

政治家の資質

 とある世界のおはなし。 彼は幼いころから人々を幸せにしたいと思っており、いつしか政治家になりたいと考えるようになった。 猛勉強の末、大学で政治を学ぶと同時に、時間があれば経済、福祉、軍事、自然科学等、とにかく役に立ちそうな知識を身につけた。 またバイトは、あえて時給の安い人が嫌がる仕事を選んだ。そこで働く人々の声や気持ちを知りたかったからだ。 たまの休みにはボランティアをしたり、ダムなどの公共施設を見学して歩いた。 卒業後は公務員となった。実際に内側を知りたかったからだ。あれが悪い、これを改善しろというのは簡単だが、実際になぜそうなるのか、どういう改善が可能なのかを体感したかったのだ。 そして30歳を超え、自分なりに「こうすれば多くの人の為になる」という答えを見つけ、彼は公務員を辞めて立候補した。 見栄えもパッとせず、口下手で演説も上手いとはいえない。しかし誠心誠意うったえれば届くはずだと信じて街頭に立った。 選挙資金も限られるので、とにかく自分でできることは寝る間を惜しんでやった。 この選挙には、彼と同じ年頃の立候補者がいた。はじめはライバルというより、同志のように感じ嬉しかった。 しかしその立候補者の演説を聞き落胆した。 容姿がよく耳障りのよい声でおこなう演説は人々の足を止め、瞬く間に評判になった。 だがその内容は、およそ実現不可能なことを派手に宣言し、その具体的な方法も示さず『できます、やります、任せて下さい』の一点張り。 ただ当選することが目的で中身のないようにしか感じない。 彼は、このような立候補者に負けるわけにはいかないと必死で選挙活動をつづけた。 そして投票結果がでた。彼は落選した。それも最下位だった。 一方で『できます、やります、任せて下さい』はトップ当選だった。 あきらかに自分のほうが優れた政策を持ち、それを実現する為の努力もしてきた。そして多くの人を幸せにしたいという気持ちも誰にも負けないつもりだ。 しかしそれは有権者に伝わらなかった。 そして気がついた。 どれほど努力し、よい政策案を持っていても、相手の心に届く術がなければ政治家にはなれない。 逆に中身はなくても、その術さえあれば政治家になれるのだと。

わらしべ長者

 とある世界のおはなし。 貧しい男がいた。働き者だが生活は苦しく、どうにかならないかと悩んでいた。 ある夜、枕元に観音様があらわれ男に告げた。 「明日、家を出てはじめに手にした物を使いなさい。よく考えて使いなさい」 目を覚ました男は『不思議な夢を見たものだ』と思ったが、物は試しに信じてみることにした。 翌朝、男は家を出ると石につまづいて転んでしまった。その拍子に落ちていた 藁 しべ( 藁 の芯)を握っていた。 秋の収穫を終えたばかりなので 藁 しべはあちこちに落ちていて珍しくもない。 しかし観音様の言葉を思い出し、これを手に歩き出した。 しばらく歩いていると、大きなアブが男の顔の周りをブンブンうるさく飛び回る。 あまりにうるさいのでこれを捕まえ、手に持っていた藁しべにくくり付けてやった。 するとアブは逃げようとするが、藁しべに繋がれているため、ブンブン音をたててグルグル回るしかできない。この様子がなかなか面白い。 男は考えた。 「これを欲しがる子供がいるかもしれない。甘い親なら売ってくれと言うかもしれない。そういえば今日は秋祭りの日だ。親の財布もゆるかろう」 そこで男は、アブをくくり付けた藁しべを持って秋祭りに向かった。 秋祭りの場所には、多くの人々が集まっていた。 ブンブン音をたててグルグル回る藁しべに繋がれたアブは人目を引いた。 狙い通りある男の子が『欲しい』と父親にせがみはじめた。父親も仕方がないという顔で、売ってほしいと男に声をかけ、巾着袋から財布を取りだした。 その巾着袋の中に蜜柑がいくつか見えた。 男は考えた。 「これを売ったところで、どうせ小銭にしかならん。それより、今日は秋晴れで喉が渇くので、甘くさっぱりした蜜柑を欲しがる人がいるかもしれない」 そこで男は、アブをくくり付けた藁しべを蜜柑2個と交換した。 秋祭りの場所を離れしばらく歩いていると、道端の木の陰で休んでいる行商人を見つけた。 反物の行商人(旅をしながら物を売り歩く人)らしいが、秋晴れの暑さで疲れて休んでいるそうだ。 こういう時こそ、甘くて酸味のある蜜柑が美味しい。 男が蜜柑と反物を交換しないかと持ち掛けると、行商人は売れ残った反物でよければと応じた。 男は考えた。 「藁しべが反物に変わった。これを店に売ればそこそこの金になるかもしれんが、もとが売れ残りなので買いたたかれるだろう。そ...

それぞれ

 とある世界のおはなし。 ある男が仕事の途中でラーメン店の前を通りかかり、豚骨の匂いに立ちどまった。 腹はすいていなかったが、無性に食べたくなり店にはいった。 仕方がない。美味しいものにひかれるのは人の習性だ。 ある男が仕事の途中でラーメン店の前を通りかかり、豚骨の匂いに立ちどまった。 腹がすいていたが、豚骨の匂いは苦手なので通りすぎた。 仕方がない。美味しいものでも好みが分かれるのは個性だ。 ある男が配達の途中でラーメン店の前を通りかかり、豚骨の匂いに立ちどまった。 腹がすいていて豚骨ラーメンは好物だが、仕事中なので通りすぎた。 仕方がない。食べたくても感情を抑えるのが理性だ。 ある男が散歩の途中でラーメン店の前を通りかかり、豚骨の匂いに立ちどまった。 腹がすいていて豚骨ラーメンは好物で時間もあったが、食事の時間ではないと通りすぎた。 仕方がない。男は決まった時間に食事をとるのが習慣だ。 それぞれの選択は、その時のそれぞれの正解だ。 仕方がない。

悪の大魔王の憂鬱(後編)

 とある世界のお話し。 どうにも私には理解できない。大国の王というのは他国が豊かになることが許せないらしい。 2国を治めた私に、北と西の大国がなにかと文句をつけ、脅しをかけてくる。 私は国境の兵を増やし守りだけは堅めさせ、それ以外は無視した。 無視されたのが気に入らなかったのか、ついに北の大国が攻めてきた。 以前と同じように私が前に出て戦っていると、西の大国も攻めてきたとの連絡が入った。 さすがに両方は相手にできない。 私は大地を震わすような咆哮を上げると、腹の中の温度をあげ、天に向かって熱線を吐き出した。それは眩い光となり、雲をも切り裂いた。 これに北の大国の兵は恐怖し、一目散に逃げてしまった。 それを見届けると、私は背中の羽を広げ西へと飛んだ。 西の大国からの攻撃は激しく、我が国の兵は苦戦していた。 しかし私が空から舞い降りると、敵兵たちは恐れおののいた。そしてここでも、咆哮を上げ熱線を吐き出すと、瞬く間に逃げてしまった。 私はそのまま空を舞い、西の大国の王城に舞い降りた。 私をはじめて見た城の者たちは恐怖に凍りついたが、かまわず西王の元へと進んだ。 なかなか肝の据わった男で、あきらかに私を恐れていたが必死で虚勢をはっていた。 だがそれに関心している余裕はない。 有無をいわさず鉄こん棒で排すると、城のいちばん高い場所に上り、国中に響き渡るような大声で、この国を支配下に納めたと宣言した。 そしてすぐ北に飛ぶと、同じように王宮に降り、王を廃し、この国も支配下に納めたと宣言した。 こうして私は、わずかな間に西と北の大国を治め、4国を支配する大王となった。 4国を治めても向かうべき道は変わらない。人々を豊かにするだけだ。 当然、私に敵対する領主たちもいた。そのたびに空を舞って領主の元に行き、どうにも納得しないようであればこれを討ち、財産を没収して民に配った。 はじめのころはこれを繰り返した。 さすがに疲れていたが、私は休まず飛びつづけた。 おかげで徐々に両国とも平穏をとりもどしていった。人々は豊かになりはじめると私を受け入れ、反抗する領主も減っていく。 逆に悪い領主がいると、私に来てほしいと民のほうから要望するようになった。これを領主たちは恐れ、私の命令に素直に従うようになっていった。 こうして4国は互いに協力し、その得意なところを活かして、発展していくようにな...

悪の大魔王の憂鬱(中編)

 とある世界のおはなし。 城にとどまり王となった私は、人々にはこれまで通り仕事をするよう命じた。 すると役人たちが恐る恐る『魔王様ご相談が…』とやってきた。話を聞くと問題が山積みだ。 特に税収の問題。大きな城とそこで働く人々を維持するための収入を得るには、年貢を厳しく取り立てるしかないらしい。 だが疫病のあとで国民は苦しんでいる! 私は3年間、無税にするよう命令した。不足する収入は城に蓄えられた金銀財宝を売ることでまかなえと命じた。反対する役人もいたが、私は金銀財宝に興味がない。 さらに城の兵たちにも、故郷に帰って畑仕事をしてよいと伝えた。おかげで半分の兵がいなくなった。 これでは外敵から城を守れないと反対する隊長もいたが、そのときは私が戦う! そして残った半分の兵たちには、城よりも国の治安を守るよう命じた。 貧しさから盗賊となる者もいるという。それらを取り締まらねばならんが、なるべく傷つけず、会心する者は人手が足りない村で働かせた。 おかげで悪さをする奴は徐々に減っていった。 一方で税収の計算もなく城の役人がヒマそうなので、私は文字の読み書きや計算を教えろと言った。 はじめは恐々教えていた役人も、私がまじめに学んでいるうちに打ち解け、仲良くなった。 文字とはなんと偉大な発明か。書物からは色々なことを知ることができる。 過去に成功したこと、失敗したこと、また異国のこと、そこに見たこともない美味いものがあること。私は急速に知識を増やしていった。 一方で食事は豪華なものは控えさせた。美味いといっても毎日は飽きる。普段は村人と変わらぬ薄味が口にあう。しかし量はつくらせ、役人や兵たちと一緒に食べた。おかげで彼らの故ことも知ることができた。 それから数年、民の生活も戻りはじめたので徐々に税の徴収を再開した。その頃には計算もでき、投資というものも理解していた。そこで収入のほとんどを港や街道の整備に投資し、異国との交易を活発化させた。 異国とのやり取りが増えると民が潤う。すると低い税率でも税収は増え、自然と城の収入も増えていった。収入が増えたのだから役人や兵の給料も上げてやった。 私自身は、たまに異国の珍しいものが食べられれば満足だった。 だがこの頃から、豊かになりはじめた我が国を、周辺の国が狙うようになった。 我が国は豊かだが小さく、海に面した南以外は大きな国に囲まれて...