悪の大魔王の憂鬱(後編)
とある世界のお話し。
どうにも私には理解できない。大国の王というのは他国が豊かになることが許せないらしい。
2国を治めた私に、北と西の大国がなにかと文句をつけ、脅しをかけてくる。
私は国境の兵を増やし守りだけは堅めさせ、それ以外は無視した。
無視されたのが気に入らなかったのか、ついに北の大国が攻めてきた。
以前と同じように私が前に出て戦っていると、西の大国も攻めてきたとの連絡が入った。
さすがに両方は相手にできない。
私は大地を震わすような咆哮を上げると、腹の中の温度をあげ、天に向かって熱線を吐き出した。それは眩い光となり、雲をも切り裂いた。
これに北の大国の兵は恐怖し、一目散に逃げてしまった。
それを見届けると、私は背中の羽を広げ西へと飛んだ。
西の大国からの攻撃は激しく、我が国の兵は苦戦していた。
しかし私が空から舞い降りると、敵兵たちは恐れおののいた。そしてここでも、咆哮を上げ熱線を吐き出すと、瞬く間に逃げてしまった。
私はそのまま空を舞い、西の大国の王城に舞い降りた。
私をはじめて見た城の者たちは恐怖に凍りついたが、かまわず西王の元へと進んだ。
なかなか肝の据わった男で、あきらかに私を恐れていたが必死で虚勢をはっていた。
だがそれに関心している余裕はない。
有無をいわさず鉄こん棒で排すると、城のいちばん高い場所に上り、国中に響き渡るような大声で、この国を支配下に納めたと宣言した。
そしてすぐ北に飛ぶと、同じように王宮に降り、王を廃し、この国も支配下に納めたと宣言した。
こうして私は、わずかな間に西と北の大国を治め、4国を支配する大王となった。
4国を治めても向かうべき道は変わらない。人々を豊かにするだけだ。
当然、私に敵対する領主たちもいた。そのたびに空を舞って領主の元に行き、どうにも納得しないようであればこれを討ち、財産を没収して民に配った。
はじめのころはこれを繰り返した。
さすがに疲れていたが、私は休まず飛びつづけた。
おかげで徐々に両国とも平穏をとりもどしていった。人々は豊かになりはじめると私を受け入れ、反抗する領主も減っていく。
逆に悪い領主がいると、私に来てほしいと民のほうから要望するようになった。これを領主たちは恐れ、私の命令に素直に従うようになっていった。
こうして4国は互いに協力し、その得意なところを活かして、発展していくようになった。
もともと私は美味い物が食べられればよかっただけだ。大魔王となった今も変わらない。
その為には争いがなく、人々が豊かになる必要がある。
人は豊かになれば余裕ができ、そのなかで色々と新しい遊びを生みだす。
これを文化というらしい。
美味い物も文化のひとつで、新しい料理があると聞けば、私は喜んで食べた。それで十分満足なのだ。
しかし支配下の4国の外、東西北国の向うにある国々は、我が国がさらに領地を広げる野心を持っているのではと疑っているらしい。
だがそれらの国々も、私を恐れ、自らは攻め入ろうとはしないが、ネチネチと私の悪い噂を広めようとしているらし。
私の大きく黒い体。岩のように硬い皮膚。鋭い牙と角をもち、太い尻尾と大きな翼もある。さらに口からは熱線を吐けるので、『神に敵対する悪の化身』だというのだ。
我が国の中にもそれを信じ、私を『悪の大魔王』と呼ぶ者が増えているという。
私は悪なのか? 美味い物が食べたくて、人々が喜ぶことをしているつもりだが、見た目が違えば悪なのか?
人の目には凶悪な姿と映るだろうから『魔人』と呼ばれたことは分かる。国を治め『魔王』となり、4国を支配したことで『大魔王』となったことも理解する。
しかし『悪』は納得いかない。
そもそも『神に敵対』というが、私は神に会ったことがない。
本当にいるのなら、私はなぜ人と違うのか、私と同じ存在がなぜいないのか聞いてみたいとすら思う。
忙しく飛び回り体が疲れる時期もあったが、今は人々のいわれのない悪意に心が疲れる。
だがいつまでも悩んでいられないので寝ることにした。疲れたら寝るに限る。
何年振りかに寝た。
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