ひとりでに鳴る太鼓

  とある世界のおはなし。

 山に小さな祠(ほこら)があった。そこには太鼓が納められていた。

 いろいろと言い伝えのある太鼓で、周辺の村人たちは大切にしていた。

 あるとき、誰も居ないのに太鼓の音がすると噂になった。なにか悪いことの前兆ではと村人たちは不安になった。


 ちょうど旅の僧が訪れたので相談したところ『山の神を怒らせた者がいるかもしれん』と神妙な顔で答え大騒ぎとなった。

 ある村人が言った。

「最近、子づれの猪を撃った猟師がいる。子どもの猪は難儀してるだろう」

 子づれの動物は撃たないのが山の掟だ。これこそ山の神を怒らせたに違いないと、村人たちは猟師を責めたてた。

 猟師は『藪で子どもに気づかなかった』『わざとではない』と弁明したが、罰として鉄砲を取り上げられてしまった。

 鉄砲を失っては狩りもできず、猟師は村をさった。


 しかし太鼓の音は鳴りやまず、それどころか強くなっているらしい。

 するとある村人が言った。

「去年のこと、若い夫婦がお参りしたら、直後に子どもを授かった。きっとそこでまぐわったに違いない」

 神聖な祠でまぐわるとはなにごとか。これが山の神を怒らせたに違いないと、村人たちは夫婦を責めたてた。

 夫婦は『そんなことはしていない』『妻が子を宿したので無事に生まれるよう参拝したのだ』と弁明したが、罰として田畑を取り上げられてしまった。

 田畑を失っては生きていけず、夫婦は村をさった。


 しかし太鼓の音は鳴りやまず、前よりも苛立つように鳴っているらしい。

 するとある村人が言った。

「5年ほどまえ、炭焼きが山の木を焼いてしまった。危うく山火事になるところだった」

 山火事なら山の神が怒って当然だ。これが山の神を怒らせたに違いないと、村人たちは炭焼きを責めたてた。

 炭焼きは『強風で火の粉が飛びすぐに消した』『お詫びとして祠に酒を納めた』弁明したが、罰として炭焼き小屋を壊されてしまった。

 炭焼き小屋を壊されては仕事ができず、炭焼きは村をさった。


 ところがそれでも太鼓の音はやまない。それどころかさらに怒っているようだと。

 するとある村人が言った。

「10年ほどまえ、台風で祠が壊れたので直したが、直し方が気にいらなかったのでは」

 祠は周辺の村人が全員で直したのだから、全員が悪いということになる。

 しかし村人たちは『あいつがいい加減に直したせいだ』『こいつが適当に直したせいだ』と言い争いになった。

 それを見かねた若者が我慢できずに言った。

「そもそも太鼓の音を聞いたのは誰だ! 本当に太鼓は鳴っているのか?」

 誰も恐れて祠に近寄らないので、実は誰も聞いたことがない。

 そこで若者は祠へ向かった。村人たちもその後についていった。


 祠に近づくと、なるほど確かに太鼓が鳴っている。まるでイラつくようにトントントントン小刻みに鳴っている。

 さすがに若者も肝が冷えたが、今さら逃げるわけにもいかない。

 祟りがありませんようにと両手をあわせると、意を決して太鼓を持ちあげた。すると裏からミツバチが飛び出してきた。

 なんのことはない。太鼓が古くなり穴があいて、そこから中に入ったミツバチが巣をつくっていたのだ。

 それで太鼓の中でミツバチが暴れるたびにトントン鳴っていただけだ。


 村人たちはハチのせいかと大笑いして太鼓を直し、猟師、若夫婦、炭焼きなど存在しなかったかのように元の生活に戻ったとか。




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