黒蛇の指輪
とある世界のおはなし。
心優しい男がいた。いつか困っている人々の役に立ちたいと思いながらも、忙しい日々を送っていた。
そんな男の楽しみは街の近くの森を散歩することだった。その日もたまの休みに森の中を歩いていた。
するとどこからか悲しげな鳴き声が聞こえる。のぞいてみると猟師の罠に子ギツネが捕まっている。
可哀そうだと思い放してやると子ギツネは森の中に消えていった。
それからしばらく、また森を歩いていると目の前に立派なキツネが現れた。あの時の子ギツネの母だと名乗り、子供を助けてくれた礼を言った。男は子ギツネが無事だと知り喜んだ。
母ギツネは去りぎわにあることを教えてくれた。
「このまま森の奥へと進むと大きな木で道が2つに分かれます。その木の周りを、四つん這いで右に2回、左に3回まわってください。すると3つ目の道があらわれますので、その奥に悪鬼の住む洞穴があります。悪鬼はハーブが大嫌いなので洞穴に投げ込むと逃げてしまいます。洞穴の中に『黒蛇の指輪』があるので、それだけを持って帰ってください」
男はいつも散歩する森に悪鬼がいたのかと怖くなり、その日はいったん帰った。
次の休みの日、ポケットにできるだけハーブを詰め込み森へ入った。
母ギツネの教えどおり道が2つに分かれ、木を四つん這いでまわると3つ目の道があらわれた。それを進むと洞穴があった。
恐る恐る中をのぞくと、何やら黒い大きなものがいる。
男がポケットのハーブを投げ込むと、耳をつんざく叫びをあげてその黒いものは飛び去ってしまった。
中には山のような金銀財宝があった。これがあれば貧しい人を助けられると思ったが、母ギツネの言葉を思い出し『黒蛇の指輪』を探した。
それは他の金銀財宝とは別に、大事そうに置かれていたのですぐ分かった。
炭のように黒い、蛇のかたちに細工された指輪だった。
男は指にはめてみたがなにもおこらない。これがそれほど特別なものかと眺めているうちに、急に怖くなり慌てて洞穴を出た。
すでに日が暮れはじめ森は暗くなっていた。その中を走ったので、木の根に気づかず大きく転んで足を怪我してしまった。
骨が折れたのかと思うほどひどい痛みで、男はうめきながら手で押えた。
すると、黒蛇の指輪がふれたところから痛みが和らいでいく。なんどかさするうちに痛みは消えた。
男は街にもどると隣の老婆を訪ねた。
老婆は長く目を患っていたが『黒蛇の指輪』をはめて瞼をさすると、またたくまに見えるようになった。老婆も家族も奇跡だと大喜びした。
この噂は街中にひろがり、男は病に苦しむ人々の家をまわるようになった。どんな病でもたちどころに治すうえ、貧しい人々からは治療費も取らない。街中の人々は大喜びした。
だがこれほどのお宝を、あの悪鬼がいつ取り戻しにくるか分からない。男は『黒蛇の指輪』が目立たぬよう、小さな巾着袋にハーブといっしょに入れておき、病に苦しむ人の家についてから取り出し、こっそり指にはめるようにした。
ある日、王様から城に呼ばれた。
王様はひどい頭痛に悩んでおり、偉い医者でも直せない。そこで男の噂を聞き、頭痛を治すよう命令した。
いつものように『黒蛇の指輪』をはめ、王様の頭をなでていると、それまでの頭痛が嘘のように治まった。王様は大喜びで、たくさんの褒美を渡そうとした。
しかしその様子を見守っていた偉い医者が『この男は何やら怪しげな術をつかう』『その不気味な蛇の指輪こそ証拠だ』と男を人々を惑わす者だから処罰すべきと主張した。
この偉い医者は、男が次々と病を治し評判がいいので、ここぞとばかりに責めたてた。
男はこれまでのいきさつを説明したが、神官までも『キツネが話すわけがない』『近くの森に悪鬼が住むなど聞いたことがない』『もし本当なら、それこそ悪魔と契約した証拠だ』と男を処罰すべきと主張した。
頭痛を治してもらった王様は、さすがに処罰はしなかったが『黒蛇の指輪』は邪悪な物として破壊されることとなった。
城の中庭に街中の人が集められ、王様や衛兵、みんなから見える場所に『黒蛇の指輪』は置かれた。
死刑執行人のような大男が大きなハンマーをもって指輪の前に立った。その様子を男は悲しい思いで眺めていた。
大男がハンマーを振り上げ、まさに振り下ろそうとした時、太陽をさえぎる大きな影が舞い降りた。
あの悪鬼だ。
この世のものとも思えぬ咆哮を上げ指輪に向かって進む。人々は恐怖で逃げ惑った。
衛兵たちは王様を守ろうと槍を突き立て矢を放ったが、まるで効き目がない。逆に尾のひと振りで何人も弾き飛ばされてしまう。
神官は神の名のもとに撃退しようと必死で祈るが、悪鬼は気にする様子もない。あの偉い医師はいつの間にかいなくなっていた。
誰もが諦めかけたとき、男はハーブをとりだし悪鬼に向かって投げ放った。
悪鬼は苦痛の声を上げ、空の彼方に飛び去ってしまった。
男は『黒蛇の指輪』の指輪をはめると、ケガをした人々を王宮の中に集め、ひとりひとり治した。衛兵も街の人々も大いに感謝した。
王様も指輪を壊すことを取りやめ、今後も治療を続けるよう命じた。
偉い医者と神官がどこに行ったかは知らないが、それからも男は病に苦しむ人々を治して歩いた。
ただ、またあの悪鬼が現れるかもしれないので、いつも『黒蛇の指輪』が目立たぬよう小さな巾着袋にハーブといっしょに入れておくことは忘れなかった。
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